07/02/08に拍手お礼として置いてた組ノベルです。まだ冬には早いけど、再アップ。うーん、読んでると温まるような寒くなるような…。え、どっちだよ〜?
星降りて雪降りて
降り続く雪の景色の中に、白く濃い湯気が上がっている。街から少しばかり離れた山間の宿の、建物の裏手に、その露天の風呂はあった。岩風呂の縁には、宿のものが置いた行灯が一つ。
「入らねえのか」
「いい」
「なんで。入りゃあいいだろう。折角来たんだ、勿体ねぇ」
湯気の向こうから届く声に、振り向こうともせず、斉藤は刀の柄を握る手に力を込める。ただ軽く雪を払っただけの、冷たい岩の上に腰を置き、彼は土方に背中を向けているのだ。
土方は湯の中で、少し彼の方に寄って、さらに言った。
「何か気に入らねぇのか?」
気に入らないとか、そういう事じゃない。斉藤は今日、巡察の途中に命じられて、いきなりこんなところへ来させられた。それでいて待っていた土方は、彼に用があった訳ではなさそうで、何なのだ、とは思ったが。
「別に」
「おめぇの無口は、嫌いじゃねぇが、たまにゃあもう少し言いたい事を言やぁいいだろう」
後ろを向いている斉藤の視野の隅に、土方の片腕が見える。土方は岩風呂の縁に腕を置いて、間近から斉藤の姿を眺めているのだ。斉藤はその視線と気配を感じながら、居心地が悪そうに横を向き、やっと少し多めに口をきいた。
「…あんたの考えてることが判らないだけだ。こんなところに呼び出して、かと思えば、こんな夜更けに風呂に入りたいと言い出すし」
「俺が風呂に入りたくなるようなことをしたのは、何処の誰なんだ」
雪の上についた斉藤の鞘の先が、微かに揺れ動いた。
宿のものには、共をする為に呼ばれたように振る舞い、今も傍で共をしている態度で…。でも心の中はそうではいられない。さっきも部屋で、ただの共に有るまじき振る舞いに及んでいる。でも。
それは、あんたが俺を誘ったんだろう…。そうとまでは言えずに、斉藤は軽く唇を噛んだ。
宿の主人に案内されて、部屋まで行ってみれば、土方は一人で杯を傾けていて、酔いの為か、ほんのりと頬を染めていた。着ている着物の襟は、いつもよりも微かに開いているように見え、その上、襖を開け放ってある隣の部屋には、布団が敷かれていて。
それだけだが、ただそれだけの事が、斉藤の理性を一瞬で打ち砕いてしまうのだと、土方は知っている筈なのだ。
杯が転がった。
酒が零れた。
布団まで行かずにその場で組み敷いて、口を吸った。
土方はろくに止めもせず、咎めもせずにそれを受けて、白い滑らかな肌を好きにさせた。
なのに途中で、斉藤の体を押しのけた、濡れた下肢を閉じ合わせて、彼は唐突に言ったのだ。
風呂に入りてぇ。今すぐだ。
それでも離さずに組み敷いていようとしたら、今度は肩に酷く噛み付いてきた。言う事を聞かない、我が侭な猫のように。
そうして斉藤は今、乱しかけた着物をしっかりと着なおし、露天の岩風呂の傍らで、湯に入る土方に背中を向けている。
「斉藤。番兵はいいから、おめぇも入れ、命令だ」
「…逆らえば?」
「そうだな、切腹、とまでは言わねえが、どうするかな」
考えるように、土方は言葉を止めた。長い沈黙が落ちて、聞こえるのは木々の葉に雪の降る音。そして岩の割れ目から、湯の零れ落ちる微かな水の音。
その静けさを終わらせたのは、斉藤の声だった。
「今、あんたの方を向いて、今以上近くに寄れば、さっきと違って、もう止まらない。それでいいなら」
「…上司に条件付きでものを言うたぁ、偉いもんじゃねぇか」
土方の言葉には笑いが染みている。
立ち上る真っ白な湯気。そしてその湯気を透かして、上を見上げれば、漆黒の空に満天の星。視線を下へ戻すと、降り続ける雪の中に、斉藤の後姿。土方は、いつもよりも少しかすれた声で言った。
「どういうつもりで、ここにおめぇを呼んだと思ってる?」
「…判らない、と、さっき言った」
この雪景色を、おめぇと一緒に見たいと思ったからだよ。
それに、屯所にいるままじゃあ、いつも人目ばかりはばかって、気安く傍にも寄れねぇじゃねぇか。
それを言ってやるかどうか考えて、結局、土方は何も言わなかった。言わずに、黙って湯の中から出て、斉藤の傍に近付く。
水音と気配でそれと察したが、斉藤は動けずに項垂れている。彼の髪に積もった雪が、その体温のせいで溶けかけて、後れ毛が首筋にまとい付いていた。
土方の伸ばした手が、斉藤の髪に触れる。そして彼の肩の雪を払う。素っ裸で雪の上に立ったまま、土方は軽く身を屈め、斉藤の頭の上の雪に唇を寄せた。
「冷てぇな…。風邪をひくから、さっさと湯に入れってんだ」
間近で聞く声が、あまりに甘くて扇情的で、斉藤は無意識に振り向いてしまう。間近にある身体は、ぬめるように白くて、綺麗で、眩暈がするほど…。
土方は、無遠慮に自分を見る斉藤の視線に、そっと目を細めながら言った。
「おめぇの前で、肌をさらして湯に浸かって、無事で済むたぁ思ってねぇんだ。好きにすりゃあいい」
どうせ、一緒に雪の景色やら星やらを見ようったって、おめぇは俺の姿しか見ちゃいねぇ…。
冷えた両の腕に捕らえられ、激しく抱きすくめられながら、土方はもう一度、空を見上げる。
降る落ちる雪も、立ち上る湯気も、光る星々も、変わらずにそこにある筈なのに、斉藤の腕の中で見るそれらは、さっきよりも随分、褪せた存在に見えた。
与えられる抱擁と口づけと愛撫が、あまりに色あざやかで眩しいから、他に心を向けられなくなる。だから彼だけを感じながら、土方は黙って瞳を閉じた。
終
07/10/23 再アップ