甘 い 雪 夜  …  四 





 静かにしていると、外からまた、雪の音が聞こえてくる。

 斉藤は部屋を出ようとして障子に手を掛け、その場でもう一度振り向いて土方を見た。着物を左右に広げられ、下帯などは切り裂いて取り去られた、一糸纏わぬ白い体…。

 なんて綺麗な。
 
 なんて…淫らな…。

 横に流した眼差しで、もう一度その姿に囚われて、ごくりと斉藤は息を飲み込む。冷たい風と粉雪とが、外から部屋の中へと吹き込み、仰向けになったままの土方が、ぶるりと肌を震わせた。

「そこを閉めろ。寒いだろうが」

 出て行けと言われた気がして、唇を噛んで項垂れ、らしくもなく足音を立てて斉藤は廊下へと出る。床板の上に積もった雪に、素足の跡がくっきりと付いて、この夜自分がしたことが、誰にでも暴かれる気がする。

 障子を後ろ手に閉め、床に積もった雪を、項垂れて見ていると、部屋の中から声が聞こえてきた。

「…斉藤……」

 びくりと震えて、斉藤は返事も出来ずにいたのだが、重ねて彼を呼ぶ声が、また妙なことを命じている。

「斉藤。新しい炭を入れて、火をおこせ。部屋が冷えた。これじゃあ眠れねぇ」

 もう一度息を飲んで、斉藤はすぐ後ろの障子を開けた。そのままするりと中へ入って、言われるままに火鉢に火をおこす。土方は布団の上で、ついさっき脱がされた着物の前を掻き合わせ真実寒そうに肩を竦めていた。

 この人は、いったいどういうつもりなんだ。
 からかっているのか?
 からかわれているのか、俺は。

「で?」

 やっと火鉢に火が入って、土方の傍へと押しやると、布団の端の方まで体をずらして、彼は火鉢の上に手をかざす。男にしては、白くて華奢な手首。着物の裾から覗く、やはり白い足首と脛。

 それに見惚れて、土方の短い問いかけを聞き逃していると、少しささくれ立った言い方で、もう一度彼は聞いてきた。

「で? どういうつもりなんだって? よく判らなかった。判るように教えろ」
「…だから……」
「だから?」

 後れ毛の絡みついた首筋。少しばかり伏せている睫毛。薄暗がりでもわかる、うっすらと赤い唇。その唇を眺めながら、斉藤はやっと、そもそもの初めを思い出す。

「俺は、沖田にくれてやってる、あんたの『まじない』を」
「まじない…か。そんなもん、いつ見たんだ。池田屋ん時、なわけはねぇか、あの騒ぎだったからな」

 二人の脳裏には別々に、あの夜の喧騒が思い浮かぶ。
 
 苦しげに喘ぐ、蒼白の顔の総司。そのせいか、いっそう赤く、禍々しいほどに赤く見える。彼の着物の胸の血。唇から零れたその血の色。咳き込むたびに、ごぼり、と零れてくる血をなんとかしたくて、土方は無我夢中で、総司の口を塞いだのだった。

 その池田屋の夜は、斉藤は何も見ていない。

 彼が見たのは運び出されていく沖田の姿だけで、そんな事があったのは知らない。最初に「まじない」を見たのは、一人でこっそりと屯所を出た土方が気になって、黙って後を追ってしまった、とある夜だ。

 それをそのまま告げて聞かせると、土方はちょっとバツが悪そうに、首の後ろを掻く仕草。

「つけてたのか。人の後をつける、お前のその悪ぃ癖は…まぁ、俺のせいかもしれねぇしな」

 監察でもないのに、隊士の素行を調べさせたりしたことも、一度や二度ではなかった。だから土方はその行動を、咎めはせずに苦笑する。

「…その『まじない』がなんだ」
「俺も欲しい、と…思った」

 あんまり真っ直ぐに告げられたから、土方は呆気に取られる。そういや最初に、こいつとことがあった時、そんな事も言っていた気がする。土方はまた一つ吐息して、無意識に自分の着物の襟を、より深く重ね合わせた。

「お前、今夜は俺から、それ以上のもんを盗ったろうが」

 睨み据えて、意地悪くそう言ってやると、斉藤はその視線を真っ直ぐに受け止め、逆に土方を睨んでくる。

「あんたが…色々と俺の前に曝け出すからだ。今だって、俺が部屋の外へ出たのに呼び返した。だから、俺を止まらなくしてるのはあんただ。俺じゃない」

 その悪びれない言い方に、思わず笑いが込み上げる。堪える気もなく、土方が微かに口元を綻ばせると、見るからに怒った顔をして、斉藤は唇を引き結んだ。

 怒ったままの顔で、斉藤は一つ問い掛けてきた。

「あんたが十かそこらの時、あんたを抱いたのは誰だ。多摩の奴か」
「……聞いてどうすんだ」

 驚いてそう聞き返すと、斉藤は腰の刀の柄に、手のひらを這わせ、目の奥に凄みのある光を滲ませる。

「…斬りたい」
「な…っ…」

 物騒な瞳の光り方が、斉藤の本気を示していた。土方は思わず絶句して、それから、彼にしては珍しく、焦りながら斉藤を宥めにかかる。餓鬼の頃の事だし、別に色恋などとは無縁の出来事だ。

「馬鹿か、何言ってる。昔の事だ、昔の…!」

 年端もいかない餓鬼の頃、抵抗も出来ずに犯された。そりゃあ、忌々しい過去だが、もう何十年も前の事、今更、復讐も何も望んじゃいない。大体、今、そいつがどこでどうしてるのかだって、土方だって知らないし、知りたいとも思わない。

「お前、まだ餓鬼なんだか、男なんだか…」

 吐息とともにそう言うと、斉藤は刀の柄から手を滑り落とし、短く一言「男だ」と言った。視線がまた真っ直ぐに土方へ向いて、斉藤は挑むように、もう一言だけぽつりと言った。

「あんたが欲しい」

 その真っ直ぐな目が、何故だか妙に眩しく見えて、土方は笑い混じりにはぐらかそうとする。

「…俺は高ぇぞ、いいのか?」

 笑って告げた軽口にも、真剣な眼差しが跳ね返った。

「俺は生涯かけて、あんたに仕える」

 それが代価だと言いたげに、彼は低く言い放つ。土方は斉藤の眼差しを、受け止め切れずに視線を逸らし、そうしながらも着物の襟に手を掛けた。

 彼はその手で僅かに襟元を広げ、綺麗な形の鎖骨をさらして見せながら、どうかしてる、と内心で自分を笑っている。餓鬼相手に、一体何を…。ここで抱かれたら、それがまるで、約束を交わしたような形になるんじゃないのか。

 いや、だが…。

 これは損な話じゃぁねぇ。こいつは剣の腕は立つ。俺に生涯かけて仕えると、本気で誓うってんなら、こんな体の一つや二つ、投げ出したって惜しくはない。

 ちらりと視線を向けると、真摯な眼差しとぶつかった。その鋭い眼差しが、ほんの一瞬、困ったように揺れていて、それがなにやら可愛いと、何処かで思った。

「充分、酔狂だよ、お前」

 言いながら襟を開き、するりと着物を落とした。すると斉藤が、熱に浮かされたような顔をして、自分の体に見惚れるのが判った。




 明日、時間があったら、夕になる前に総司を見舞ってこよう。
 斉藤は夜の巡回だから、その前なら共に付かせられるだろう。

 雪の音は、自分と斉藤の息遣いに掻き消されてもう聞こえない。ぱちり、と、音を立てて、火鉢の中で炭が割れた。熱い体を重ねられて、寒さなど何も感じなくなり、炭が無駄だったか、と土方は遠く思っていた。



                                      終











 なんか、もっと激しいエッチシーンを書くつもりが、そういうのよりも、内面を描いて終わってしまいました。うまくいかないね! あぅ。ゴメンナサイっ。でもこれで、斉藤と土方さんが、どんな関係か判ったよねっ。

 えっ。よく判らない。いやー。そうかも。汗。

 いや、斉藤さん。「まじない」が欲しいとかって、あんた。もっと色々欲しいくせに〜。土方さんに関してだけは、貪欲な可愛いワンコなんですよね。

 とにかく、別の話で、もっと斉藤×土方の激しいヤツを書くようにするので、ここは一つ、締めさせてください。すんません。ではっ。バタバタバタバタ。逃。


07/09/23







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