移  緋     3  







化野はやっとギンコへ手を伸ばした。最初に触れたのは肌ではなくて、そこを微かに彩る白い体毛だった。雪の色のようだと思う。それとも真っ白な湯気の色ようだとでも。触れた感触は柔らかくて、湿って…いや、雫をまとってもう濡れている。

「は…ぁあ…」
「ここもこの色だったんだな…。今まで、こういうときはいつも、部屋を真っ暗にしてたから、知らなかった」
「こ…の…焦らすな…って…」

 びくん、びくん、と、その先端が跳ね上がって、そのたびに幾粒かずつ雫が零れている。浜で元気な魚を捕まえるように、くびれた場所を、きゅ…と握って締め付けると、その瞬間にギンコは小さく放った。

 愛しくて、両手の平の中に包んで、その収縮を感じ取りながら、化野はとうとうそこへ顔を寄せた。舌を先に伸ばして、尖らせた舌先で先端を突付くと、悲鳴のようなギンコの声が零れる。それでもギンコは自分の膝裏を自分で押さえたまま、必死で化野にそれを差し出していた。

 傷を負ったばかりの剥き出しの患部のように、そこはあまりに敏感で、舌先だけの刺激でも強過ぎる。まだ紅いままの目で、化野はそこをじっと強く見つめ、小さく開いて蠢いている穴から、白い雫が滲んでとろけだすのを、丁寧に丁寧に舐め取っていくのだ。

「もしかして、痛いか…?」
「…い、痛いとかじゃ…。ひ…っ、くふぅ…ッ」

 聞きながら化野の指が、ギンコのそれの裏側を撫で上げた。猫の喉を撫でるように、指の腹で何度も。そうしながら括れ部分を爪の先でくすぐっている。ギンコはとうとう自分の膝から手を離し、逃げたがって床に手をついた。

「逃げるな、ギンコ」
「あ…ぁーッ!」

 体を二つに折られるように、両膝を胸の上に折り曲げられ、ギンコはあまりのことに叫んだ。それまでずっと、先端をしゃぶっていた化野の唇が、閉じた蕾に寄せられて、そこへ強く吸い付かれる。

 ずっと固く結んでいた、結び目が、緩められ解かれるような、あまりに不安な感覚だった。たっぷりの唾液を舌に乗せて、舐めまわしては吸い付いて…。その間も、ずっと熱いギンコ自身は化野の手で扱かれ、先端を指先で擦られて、頭の中が目茶目茶になるほどの快楽。

 何がどうなっているのか、今、自分がどうされているのか、それすら判らなくなって、ギンコはぼろぼろと涙を流して喘いでいた。


* ** ****** ** *

 
「ギンコ…。ギンコ…おい…」

 ぐったりと、殆ど気を失っていたギンコは、化野に揺すぶられて気がついた。無意識に脚を動かすと、触れた脚と脚の間が、べっとりと粘液質のものに濡れて汚れているのが判る。

 ごろり、と寝返りを打ち、素っ裸の体のままで、心配そうに自分を見下ろしている化野を見た。目は、もう黒に戻っている。見回すと離れた床の隅の方に、漆黒に近い血のような色の珠が二つ転がっていた。仮死となった移緋だった。

 蟲の方は、これでもう大丈夫、と、ギンコは長い息をつき、やっと化野へと視線を戻す。

「すまん…その、だいじょ…」
「ケダモノめ」
「う…」

 淡々と罵られて化野は絶句し、反論する材料を見つけ損ねて萎たれる。ギンコだって、ここまで、とは知らなかった。いつもいつも遠慮が過ぎるから、もっとしたいんだろうとは思っていた。

 毎回が中途半端で、ギンコだって、欲求不満になりそうだったから、一度互いに欲しいだけしてみたいと思っていたけれど、化野の望みがそれ以上だったのだ。

 殆ど意識が飛んでいたから覚えていないのだが、尻の穴がひりひりと痛い。大腿の間接が今も軋むようで、どんな格好にされたか思い出しそうになって焦る。

 そもそも、自分から服をはだけて胸を差し出すとか、脚を広げて見せるとか、そんなのは、想像しただけだって羞恥で体が溶けそうだ。

「こんなヤツとは知らなかった。穏やかで立派な医家先生がなぁ」
「も、もう言わんでくれ」

 見れば化野は顔を真っ赤にしていて、既に巻いてある下帯は、どこがどうなっているのかぐちゃぐちゃだった。ぷ、と小さく吹き出して、ギンコは体に掛けてある化野の着物を胸で掻き合わせ、体を庇いながら身を起こした。

「き、嫌いにならんでくれるか、ギンコ」
「んー? 馬鹿、そりゃ当たり前だ。こんなことくらいで…」
「ギンコ…」

 化野が酷く不安そうでいたのにやっと気付いて、ギンコは拾い上げた二粒の移緋を手渡してやる。彼がそうやって困っているのが、ギンコは嬉しい。それこそが自分が彼に、想われているということだから。

「ほらよ。これはやるから、大事に持っとけ。仮死がとけて次に活動を始めるまでおよそ二百年か三百年。もうそれまでなんの害もねぇしな」

 蔵の二階の明り取りの窓の方へ、化野がそれを翳すと、煌と光を透かしてそれは、さっきまでの彼の瞳の色と同じだった。嬉しそうにそれを透かし見て、もうにこにこと笑っている化野の、そういう子供のようなところが、ギンコは好きだ。

 だけどこの数時間、自由の奪われたこの体を、貪り尽くして愛した大人の雄そのものの化野にも、ちゃんと惚れていると自分で判っている。

 よく判っていないのは一つだけ、片目しかないギンコにはありえないことかもしれないが、もしも…もしも移緋が自分の方へ憑いていたら、自分は化野をどうしただろうか。

 これからずっととか、この先とか、そういうのじゃなくて、多数の生き物や人が関わるのじゃなくて、今ここで数時間限り、化野一人をどうかするような、そういう願い…。

「そうだ、ギンコ、風呂を沸かそうか。体、洗いたいだろう。今日一日そのままじゃあな」
「いや、も少し休んでから井戸の水でも被って拭きゃいい。それよか元気が残ってんなら、往診に行って来ちゃどうだ? 夕飯は海の魚がいいからな」
「おう、そうか? じゃあ行ってくるかな、夕飯、楽しみにしといてくれ」

 化野はギンコのための着替えの着物を、わざわざ蔵まで運んできてから、冷たい井戸水を被り、体を拭いて出かけていった。ギンコが遅れて外へ出ると、桶いっぱいに湯が沸かしてあり、そこに手ぬぐいが添えてある。

 数時間限り、化野一人をどうかするような、そういう願い…。
 そんなものは…ねぇなぁ。

 ギンコは一人でこっそりと苦笑する。だって化野は、彼が出来ること全部で、ギンコを想っていてくれるから。してもらえていないことと言えば、この里を捨てて、共に旅をしてくれる事。ギンコだけを想い続けて、他の誰のことをも気に掛けず、生きていってくれる事。

 そんな願いは、移緋がたとえ憑いたって、叶うはずもない願いなのだし、叶えたいと望むことも無い。そう、秘めたる望みは表へ出なければ、誰にも知られず罪にもならないのだ。

 それが、どんな願いで、あろうとも。

 

 












 なんというか、極端な人ですねぇ、化野先生ったら。幾ら自信が無いからって、ギンコに自ら誘わせるとはなんておいし…、いえ、けしからんのでしょうか。この二人の今後のエッチはきっと、これまでのと今回のを、足して二で割った感じかと思います。

 あ、そーそー。また本番無しですみません。先生はすっきりしているかと思うので、それで勘弁してください(ますます勘弁ならんな)。

「移緋」は「創作蟲企画・新種っぽいなぁ」でも使用した蟲名ですが、再使用ということでしたー。エロい願いを食わせてゴメンよ、蟲さん。ともあれ、綺麗な緋色の瞳をした先生は、妖しさ80パーセント増しかと思えて、結構好きでしたよー。

 それでは、お読みくださりありがとうございましたっ。


10/02/05