難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや
なにはがた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや
凪いで静かな海の揺らぎが、俺の脳裏を、いっそ飽かずに掻き混ぜる。
鈍色(にびいろ)をしたその水は、揺れては戻って、また寄せていた。
離れていっても、またすぐに寄せる波のようなものだと、お前を思っていたよ。
がりがりと、俺の胸の中で乾いた音が鳴り止まない。
堪らず胸を押さえて俺は背を丸めた。
身の内を引っ掻くような、不安な心地が静まらないんだ。
自分自身ではどうにもならないこの恐れを、笑い飛ばしにきてくれ…。
庇われたのだ、あれは。と、俺は思い出すだけで震えて回想する。
綺麗と言えば綺麗だったが、あんな数の蝶は、以前もあの後も見ていない。
あんなに必死で、お前が、戸を開けるなと言ったのに、俺は開けたよ。
視界を埋め尽くす黒い蝶が、お前を…。お前…に…。
のたり、と目の前の波が揺らぐ。俺は石を拾って投げて、その静けさを壊した。
ふた月以上前のあの時に、なんでもない、平気だ、とお前は笑ってたな。
心配いらないからな、と念を押して、また笑いながら背を向けた去った。
脳裏に浮ぶあの笑顔が、酷く青ざめているのは、俺の気のせいじゃないだろう。
まだ、俺のところへ来れないのか、ギンコ
もしかしてあの日の出来事のせいで、来れなくなってるなんてことないよな。
あの日を境にもう、二度と来れなくなったなんてこと、無いと言ってくれ。
羽ばたいて、美しく飛ぶ蝶の姿が、あれから俺は怖くなってしまったよ。
出来る限りのことを、俺にさせてくれないか。
こうして待っている間にも、お前がどこかで苦しんでいないか、
野に一人伏して、誰にも助けて貰えずいるのじゃないかと怖い。
夜ともなれば不安は増して、青かったお前の顔ばかり胸によぎる。
お前に庇われて俺ばかりが無事だって、そんなのは何の意味もない…。
すぐに会いたい。無事な姿を見て安堵したい。
ぐるぐるとそればかり願う俺の、なんて役に立たぬ思いだろうか。
白く、白く…。いつの間にか目の前の海が白い波を立てていた。
天辺から前のめりに崩れる高い波が、前へ進みつつ倒れるお前のようで、
余計に怖くなる。余計に会いたくて、堪らなくなる。
遠い日の、もう薄れてかすれた記憶の欠片。
やっと思い出したそれを抱き締め俺は泣いた。凪ぎの海のように静かに…。
解説 (笑)
螺旋らしいですけど、あんまり断片的過ぎてなんだか…。やっぱり不調だな。ま、しょうがない。出来てしまったから載せますよー。螺旋は基本、悲恋な内容となってますのです。なんといっても、先生を庇おうとしてギンコは不死になり、それを黙っていたせいで、先生が無理をして病にかかって…若くして………。
螺旋シリーズの作りが、もともとそんななんですもの。この百人一首仕様の短文では、何が起こったか判っていない先生が、それでも「何か」感じ取り、判らないまでもギンコを酷く心配している、というような内容です。不安感は海の描写に現れ、何も知らずに揺らぐしかない己に憤り、先生、海へ石を投げいれたりしてね…。
ラスト二行は、その重大事を思い出して、今更に涙する先生。そんなふうに苦しませたくなくて、ずっと黙っていた現代(?)のギンコの気持ちは、過去のギンコの感情と同じですね。人は愚かで愛しい生き物だから、判っていても愛する人のために、同じ痛みを味わうのでしょうか…。
09/10/24blog
13/01/14転載
ついでにもう一つ。
百文字ぴったりお題「悶える」より
「悶える」
シーツは乱れた。息も乱れる。心も乱して、お前の一生を掻き乱す。罪は俺の上だけにあるから、苦痛に悶えるのは俺だけでいい。たった一度の間違いなんか、思い出さないでくれ、お前。蝶たちよ、痛みは全て俺にだけ。
09/11/24blog
13/01/14転載