渇望する愛
夢で会うお前は、優しかったよ…
目を覚ました時、流れた沢山の涙のせいで、少し目が辛かった。
夢のお前が恋しくても、会いに行くことは出来ない。
恋しいからって、夢で求めるなんて、俺は馬鹿だな。
本当のお前は、
もっと
もっと
もっと
遠いところに住んでいる。
過去に居たお前は、俺を愛してくれたんだ。
優しかった。
優しかった、いつも。
現実のお前は、今は居ない。
手の届かない、
とても
とても
とても
遠いところに行ってしまった。
手を触れる事は罪で、お前の一生を壊してしまう。
お前しかいない俺だから、それでも触れるよ。
孤独過ぎて、もう気が狂いそうだった。
明日にしよう、
今日はきっと、
今夜のうちに、
そしたらお前は俺のものになる。
伸ばした手は空を掻いた。
そこにお前はいなくなってた。
死んだと聞いた。
俺の手の届かないとこへ、行ってしまったのだと。
あだしの
あだしの
俺は死ぬことがないから、またきっと会えると判ってる。
だけれど俺の心は、一度は死んだのだ。
次は躊躇わない。
誰を不幸にしようとも。
お前を奪うよ、お前だけの人生から、俺と繋がる人生へと。
たった一つの愛する魂よ。
早く生まれ変わって、ここへ来てくれ。
お前のいない世界の俺は、彷徨う幽霊でしかない。
2010/04/07
「渇望する愛」…形見…
色が無いのは、ここがお前の眠りを悲しむ人々の、部屋だからだ。白い箱はまだ大きい。あぁ、今ならお前は、そのままにそこにいるんだな。震える手を伸ばしかけたが、俺は…とうとう、その小さな窓を、覗き込むことができなかった。
温度の無い頬に、髪に、触れるのがあまりに辛かった。温かいお前を知りたかった。たったの一度も、言葉さえ交わさなかったものを、聞こえない言葉だけ告げて、なんになるだろう。だから、言葉はひとつも声には出さない。
…さ
よ
な
…ら
見なくとも、その顔は俺の魂に刻み付けられてるさ、眠っているお前も、何度も見たよ。二度と目覚めないお前を見るのだって、今までもこれからも、あると判ってる。
大丈夫、心配はいらない。俺の日々はただ、少し前に引き戻されるだけだ。お前を探すよ。それが永遠に誓う、たった一つの俺の生き方なんだ。足を止めることは出来ない。立ち止まっていては、お前に出会えやしないから。
白と黒のその部屋では、ひとりの小さな女性が、沢山の人々に声を掛けられてた。けして近寄る気はなかった。なのに俺は引き寄せられた、女性の前へと近付いて、言葉もなく頭を下げる。
白い髪…。
翡翠色と、何度も呼ばれたこの目も、
いかにも目立つだろ…?
こんな場所ではなおさら目立つ。
だから、声など掛ける気も無かったのに。
女性は顔を上げて、少し目を見開いた。一瞬視線が合う。
「あ…の…主人の…ご友人、ですか…?」
「………いや…」
「…お名前を」
「言っても、きっと…判らない」
何しろ、この俺の名前も存在も、あの箱の中に横たわる男だって、まだ知りもしないのだから。それにしても、なんて言い草。この女性は夫を失ったばかりの、心細い人なのに。
「随分、昔…少し、お世話に……」
視線を合わせないようにしたままで、俺は俯いていた。そうしてその女性の後ろに、静かに座っていた子供に気付いた。男の子。まだ、二歳くらい、三歳にもなっていないくらいの。
似ている、と
思った。
「……いくつに…?」
「この子、来月で、やっと三つに」
「………」
子供の目が、まっすぐに俺を見る。好奇心には抗わない、その真っ直ぐな目が、あまりに残酷に化野と重なった。
「…撫でても…?」
「あ、」
「……」
女性の言葉が止まる。そして子供は何も言わなかった。だけれど俺の目の色を見て、髪を見て、その子の方から無心に手を伸ばす。
床に膝を付いて、片手を付いて、俺はその子のために体を縮めた。小さな小さな手が、俺の髪に触れる。頬にも触れて、髪を、俺の目を見つめる、覗き込む。
温かい…。温かいよ。
唐突に、涙が零れた。たった一滴だけ。
そうして逃げるように、俺はそこから出てきた。最後に少しだけ、撫でたその子の髪の手触りまでもが、化野のそれと同じだった。
すまんな、化野。もしも次に見つけたときに、
お前に妻がいたって、小さな子供がいたって、
躊躇わないと、決めてるんだ。
それに…。
死んでいなくなったお前の方が、罪深いさ。
…償いは、来世に…
終
2010/04/15
2013/03/10転載