かいなのぬくもり   7




 笑いたくなるほどたどたどしくて、ただ時ばかりがどんどん過ぎて、ギンコは何度、言葉で、こうしろああしろと言いたかったか知れない。でも、一生懸命な化野の顔を見ていると、それがまた怖いほど愛しく嬉しくて、結局泣きそうに焦れながら、最後まで化野のしたいようにさせた。

「な、もっと指で触っていいかな?」

 などと聞くのだ、あいつは。そのうえ、

「ここでいいんだよな?」

 と、先端をあてがいながら聞いて、そこで何度もしくじったり。

 何でもしたいように。好きなようにしてくれ。嫌じゃないさ。本当だ。疑うなよ。同じ男なんだから判るだろう。嫌でこうなると思うのか? 気持ちいいんだ。凄くイイから。そのまま、イかせてくれよ…。

 喘ぎながら、安心させるような言葉を、抱かれる自分がどうしてこんなに言い続けているのか、不思議でならない。

 下手でもないくせ、化野の愛撫はあんまりぎこちないのだ。遠慮しないでしてくれれば、ギンコはもう何度イったか判らないだろうに、たったの二度だけ、しかも軽く放っただけで、化野ばかりが三度も、強く射精した。

「す、すまん。また俺だけ」
「…気にすんな……。まだ、するか?」
「うん…。あ、その…咥えたら、お、怒るよな…」
「…お前が嫌じゃないなら」
「嫌なわけないだろう…っ。その、な…舐め…たい」

 こくり、頷いて見せた途端、ねっとりと唇に包まれて吸われて、そこからいきなり眩暈のするような快楽。指だと下手なのに、なんで舌使いが上手いか判らないが、ギンコは嬌声を上げて仰け反った。

「は、ぁあぁ…っ」
「ギンコ、嫌か…?」
「嫌じゃない…っ。やめるな…。ぁあ…ッ」

 まずい、と思った瞬間には、もう派手に弾けてしまっていて、化野はちょっと驚いたような顔をしながら、それでも、ごくり、ごくりとそれを飲み下しているようだった。口元を腕で拭い、それからギンコの顔に顔を寄せ、口づけしかかって、はた、と気付く。

「いかん、口くらい濯がんとな…」
「いい。してくれ…っ」
「ギン…。んん…」

 長く口を吸い合って、顔を離した途端、化野は真面目な顔をして聞いてくるのだ。

「うーん、舐めたり吸ったりが、一番良かったか。次は、も少し器用になっとくから。見限らんでもらえると」
「……ぶ…っ」
「え? なんか可笑しいことを言ったか」
「…いや。楽しみにしとくさ」

 一つの布団に包まって、両腕にすっぽりと包まれて、化野がギンコの頬に頬を寄せて、言い憎そうにぽつりと聞いた。

「お前は別の男とも、するんだろな?」
「…飢え死にしそうにならなけりゃ、しない。他はお前だけ」
「ほんとか? なら、たんと食料持たしてやれば、お前は俺だけのギンコか?!」
「……まぁ、そうかな。そうなるな」

 そんなのは無理なことだと思ったが、言わないでおく。保存できる食べ物など限られるし、持ち歩ける量だってそんなにはない。しかも長雨にぶつかれば、蓄えなど無意味なのだ。

「ギンコ…」
「うん?」
「…好きだ」
「うん…。あんまり言うなよ」
「どうして?」
「……理由はないが、言うな」

 俺もだと返せないから。その言葉を返すのは怖いから。心を直接手のひらに包まれ、柔らかで優しいぬくもりに包まれる。化野の言葉は、そんなふうに温かで、哀しくないのに泣きたかった。

「じゃあ、ええと、誰より大切だ」
「同じだろ。それも言うな」
「…一番に想ってるよ、いつも」
「馬鹿」
「それも駄目なのか」
「…言い続けてるうちに言い過ぎて言い飽きて、そうじゃなくなるかもしれんだろ。だからな」

 言われた言葉がややこしく、化野はちょいと首を傾げたが、困ったように暫し思案し、それからギンコへと深く口づけた。

「今回最後だから、言わせろ。…好きだ、ギンコ。凄く好きだ」
「そうか。うん、判ったよ」

 返されない返事に気付いていても、化野はただ微笑む。受け止めてもらえているだけで、彼は幸せなのだった。
 

 *** *** ***


「カイナさん…っ、ねぇっ、カイナさんは、ここに来てるかいっ?」

 筍をくれた例のおばさんが、いきなり庭に駆け込んできた時、実はギンコと化野は口づけしていたから、口から心臓が出そうなくらい仰天した。化野はギンコに胸を突き飛ばされて咽ているし、ギンコは化野の歯が当たったせいで、唇が痛かった。幸い見られはしなかったらしい。

「カ、カ…カイナなら、少し前、浜の方へ行ったのが見えたが…っ。どうしたんだ、そんな急いで」
「どうしたもこうしたもっ」

 おばさんは興奮しきっているようで、片手に掴んだ赤い巾着を振り回している。

「あたしはねぇ、あたしはこんなの、頼んじゃいないんだよっ。勝手なことしてくれてっ。孫が…孫たちがさぁ、お礼言いにわざわざここまで来てくれてっ。嬉しいじゃないかっ」

 話を聞けば、どうやら彼女はあんまり嬉しくて、動転し切っているらしい。孫の着物を頼んだはずが、それ以外に、大中小、三つの巾着を、カイナは縫ったらしいのだ。

 中ぐらいのと小さいのは着物の表柄の赤。大きいのは裏布で落ち着いた臙脂色。余り布で作ったそれを、畳んだ子供の着物の中に入れて渡したのだが、気付かずに娘夫婦に送ってやって、そうしたら礼をいいに、わざわざ山や谷を越えて来たと。

 この中ぐらいの巾着は、おばあちゃんが持っててね、と、幼い孫が手渡してくれた。臙脂のは娘の夫が使い、一番小さいのは娘が守り袋にすると言い。

「この年になってさぁ、こんなに嬉しいことがあるなんて…っ」

 涙ぐんで言い終えると、彼女は坂を駆け下りて行き、浜にいるカイナに会うまでの間、通りすがった里人みんなに、それを教えて歩いていくだろう。

「あー。こりゃ、ギンコの服はまだ先かもな。この分だと、着物の繕いだの仕立てだの、カイナは暫く忙しいだろうよ」

 にこにこ笑って化野が言うのへ、ギンコは言いたくないな、と思いつつそれでも仕方なく言った。

「…じゃあ、もう発つよ。あんまり長居し過ぎたんで、そろそろ蟲が」
「ぁあ、そうか…。でも服を取りに、近いうちくるよな?」

 泣きそうな顔をして化野が言う。ギンコは項垂れ、それから顔を上げて空を見て、視線だけでそっと化野を見て呟いた。

「近いうちかどうか知らんが、くるさ。…お前に…会いにな」
「…ギンコ、…す…。いや、すまん、何でもない」

 言葉を途切れさせて、それでも化野は目を閉じ、声にしないその一言を、唇の動きだけで空へと放った。

 すきだ すきだよ ギンコ

「聞こえてる」

 苦笑してギンコは言い、庭の木の陰へと、少し化野の体を押しやって、中断された口づけの残りを、化野から受け取るのだった。



                                       終









 かいな、終了でーす。わははははははは。もう笑うしかない。なんだかイメージが途中で変わりまくってますが、どうかご容赦くださいね。作品としてはどーかな、と思っていますが、ところどころかなり好きですし、凄く楽しんで書きました。

 リク下さった音無様、無駄にだらだらですみません。読んでくださいましたすべての方々、ありがとうー。さーて、某祭、蟲企画、そしてのびのびになりすぎて、いい加減忘れそうだった、連載(アンケートキーワードの)。いろいろありますが、頑張らせて頂きますっ。ぺこりっ。


08/5/12