朝もだえ …雨のお題より…
…泣き面に蜂、だな。
ぼんやりとそんなことを思った。ぱらぱらと降り出したこういう朝の雨を、朝もだえだなんて名付けたヤツに、無性に腹が立つ。
別に彼の体は、どこも縛られてなんかいない。胸や腹を下にして、濡れ始めている枯れ葉の上に、身を投げ出している己が、なぜ今、こんな格好で動けないのか判っている。
膝も肘も、指も首も、どこも、動かそうとすればがくがくと震えて、こんなになるまで暴れたって、結局犯されんのなら、無抵抗でいりゃあよかったのかな、って、今更なことを思った。
視線だけを動かせば、金と金目の物、それと食い物だけを、全部取られた残りの荷物がばらばらに、引っくり返された木箱の傍に散らばっている。盗るだけならまだマシだった。見てくれだけが人で、中身は欲に餓えたケダモノたちは、大抵「性」にも汚く餓えてる。
しっかり男でも、ただちょっと毛色が違うってだけで、ギンコみたいなのは食い物にされる。
体に降り頻る雨が冷たかった。動けずにこのまま夜にでもなれば、凍死してしまうんじゃないかと思うほど冷たくて、死ぬ寸前の痩せた野良犬みたいに、見っとも無く四つん這いになりながら、身を起こしかけ、起き上がれずに、また濡れた枯れ葉の上に顔から突っ伏す。
乱されたままの衣服も、動くのを邪魔している。膝まで下ろされたズボン。背中が剥き出しになるほどたくし上げられたシャツ。閉じ合わせることも出来ないままの脚の、その白い内股は、赤いものと白いものでべったりと汚れて。
「ぅ…。く…そぉ…っ、こんなとこで…」
こんなとこでこんな格好で、死んでたまるものかと歯を食い縛る。土に汚れた頬が、降る雨でだんだんと綺麗になったが、少しもありがたくなんかなかった。
「し、死んで…たまるか…っ。生きて…や…」
がしゃ、と、すぐ傍で大きな音がして、ギンコはびくりと身を震わせた。いい加減、不幸に慣れた心は、すぐに悪い方へ想像を巡らせる。こんななんの抵抗も出来ない時に表れるのは、また別の物取りか、それとも餓えた熊か狼か…。
必死で顎を上げた、その視線の先に、ころころと明るい色のものが転がってくる。それは…。
よく熟れた美味そうな、柿の…実…。
「だっ、大丈夫かっ…ッ?!」
聞こえてきたのは、熊や狼の唸り声じゃなかった。人のものや体を貪り喰らう、心根の良くないやからの言葉でもなかった。
「しっかりしろ…っ、もう大丈夫だからな」
大丈夫? 何が…。
やっと視野に相手の姿が映る。酷く心配そうな顔をして、汚れた酷いなりのギンコに、躊躇い無く手を差し伸べ、一度は地面に落してしまった鞄を引き寄せて開くと、そこには色々と手当ての道具が…。
なるほど、とギンコは思った。
医家ならな、怪我人を前に、もう大丈夫だって言葉も判る。抱き起こされ、あちこちの怪我を柔らかい布でそっと拭われ、清潔な包帯を巻かれて…。
他にどこか辛いところは、と、ギンコは聞かれた。いつの間にか雨は上がり、明るい光の差す空を後ろに、男の顔がまぶしいように思えた。
「辛いとこ…」
「あぁ、見て判る怪我は一通り済んだから、あと他に」
「腹」
「え…っ?」
「…そこの柿、とってくれ」
まだ殆ど全裸に近いなりのまま、ギンコは傍らに転がっている柿を指差す。呆気に取られたような顔をして、男がそれを拾ってくれると、まだ震えのおさまらない指で、それでも柿をしっかりと握り、柔らかく熟したそれに歯を立てた。
汁が滴ってギンコの顎まで濡らすのを、呆けた顔で、その親切な医家が見ていた。
* ** ***** ** *
雨が降り出した。枕元には三個の美味そうな柿が転がっている。ギンコはまだ一人で布団にいて、急患だから、と朝早く呼び出されて出かけていった恋人を、のんびり横になったままで待っている。
ギンコはだるい体で寝返りを打って、それからもそりと手を伸ばして柿を一つ手に取った。夕べも散々愛撫されて、喘いだ自分の喉の震えを覚えている。喉が渇いているのはそのせいで…。
気遣いし過ぎるほどの彼の恋人は、早朝の急患に呼ばれるよりも前に、この枕元に柿を並べたのだろう。愛しい愛しいギンコのために。
雨の音はぱらぱら、ぱらぱらと案外強く、すっかり目覚める前の意識には心地よく感じた。あの、泣き面に蜂だと思った、この雨。そうだ。季節は数年前のあの時と、丁度同じ頃、だから降り出したこの雨は、もうじきにからりと上がって空は晴れるのだろう。
雨の名は、朝もだえ。
柿に歯を立てることはせず、ギンコは空を見上げた。あぁ、ほら、すぐ傍の空はもう随分と明るい。化野が雨に体を濡らすことはない。安堵の笑みを一つ浮かべ、彼は温かな布団に、もう一度寝返りを打ってくるまった。
終
JIN様と一緒に選んだ、雨のお題の一つ「朝もだえ」から。結構なよいお名前なのに、エロくはなりませんでしたけど、書かれなかった強姦シーンと、書かれなかった先生とギンコの愛の行為を妄想してやってくださいなー。楽しかったです。うふふv
出会いは別に書いたことあるけれど、別なのもいいじゃないですかー。と思いついて書いたという…。またいつか、別なのさらに書くかもですよ。
10/10/17