『流滴の言・その後』
「なぁ、嫌か?」
と、化野が耳元で囁く。あぁ、頼むから、その問いかけ、もう、やめてくれ。もう、やめ…ろ。まだ流滴の言の影響が、体からすっかり抜けてなくて、本音はすぐに零れちまう。
「い、嫌、じゃぁ、な…っ、ぁあ…ぁ…」
「素直なお前が、可愛くてたまらん。その蟲、まだ居るのか…?」
「居ない…っ。が、まだ…」
「まだ影響下か? そうか…なら、色々聞かせてくれ、な?」
「や、いや…だっ」
何を聞くつもりなのか、背筋に震えが来る。羞恥に腰骨が芯までとろけそう。そもそも、一番正直な体の中心が、快楽に燃え上がるように熱くて辛くて。それなのに、化野は、意地悪な問いばかり選ぶのだ。
「何処がイイ? 何処が一番弱いんだ?」
「…ひ、嫌だ。そんな…言わせないでくれ。…や…っぁ」
「さぁ、ギンコ、お前が泣くほどイイとこ、教えてくれ。乱暴にしたりしない。優しくそっと撫でてやるから」
「あだし…っ。く、ぅ…」
言いたくなくて、唇を強く噛むのに、口づけでそれをほぐされる。舌先で唇をつつかれ、そうしながら腰を抱き寄せられると、口は勝手に開いて、返事をした。
「…ぅ、うし…ろ。撫でられる…と…」
「こっちか? こう?」
「ひ、ァあ…っ!」
仰け反って、全身で震える。弾けた熱い滴りが、俺に体を寄せてる化野の着物の前を、きっと酷く汚した。化野が優しくぬるい指先で、俺の先端を弄る。その丸みを確かめるように、円を描いて、しつこく、何度でも。
にちゅ、とそこから淫らな音がした。あんまり恥ずかしくて、目尻から零れた羞恥の涙を、化野の唇で拭われ、髪をくしゃりと掻き混ぜられて、幼な子のように、俺は化野の着物の胸に顔を埋める。
遅くとも、絶対、夕方には発ってやる。
俺は強く思うのだ。こんなにされて、腰が砕けるようでも、どこがどうでも、恥ずかし過ぎて顔も見れないじゃないか。
「流滴の言」。あの蟲、要注意だ。
特にこいつの傍にいる時は。
終
08/09/07
『熱過ぎる飛沫』
ぱしゃ…っ
と、生暖かい雫が、顔にかかった。
まだ慣れない。顔に掛かるのも好きじゃないのだが、それよりも飲み下すのが苦しくて、どうしても途中で口を外してしまう。恍惚としたまま濡れた顔を、化野もまた恍惚とした顔で眺めて、
「そんな苦いか…?」
などと、嫌なことを聞く。
「…知るか」
そう答えることしか出来ず、手首で顔を拭うギンコ。
「なら、今度は味の判らん場所で、残り一滴まで飲んでくれ」
「……生々しいこと、言うな」
顔を顰めて見せながらも、ギンコの脚は、もう左右に開いて化野を待っているのだ。
後穴は確かに、精液の味など判らんけどな、それでも焼け付く熱さは味わうんだぞ。そんなあんまり酷い灼熱を、ヒトんなかに、どばどば注ぐんじゃねーや。
声には出さないが、ギンコの思うことの方が、余計に生々しい。男同士、いいや雄同士の性交なんぞ、こんなものなのかも知れぬ。そりゃあ綺麗なんかじゃないが、惹かれるものの、それ故の交わりは、いつでも蕩けるように熱く生々しく、焼け焦げるほどの灼熱なのだ。
夏の夜の暑さになんぞ、負けてはいない二人だった。
終
08/08/29
『俺を構って、俺を見て』
ほっほぅ…。とかなんとか言いながら、ギンコがいきなり俺の片眼鏡を奪い取った。随分顔を近付けて見ていると思ったら、こういうわけか。この悪戯ぼうずめ。そうしてギンコは俺を真似るように、自分の左目の上にそれを嵌め、キョロキョロとあたりを見回している。
こら、返せ。仕事中だってのに。おい、こら…っ。
叱り付けながら取り返そうと手を伸ばすと、ギンコは俺の顔を片手のひらで押さえ、一向返してくれる様子はない。ガキか、こいつ。らしくねぇとも思うが、なんだって今日はこんなに絡むんだ。朝から昼まで続けている仕事が、ますます終わらなくなっちまうだろ。
返せって言ってるだろう、ギンコっ。構って欲しいんなら少し待て!
そう言った途端、ギンコは顔を向こうへ逸らしたまま、ほんのり首筋を染めたのだ。気付いたこっちも顔が火照るじゃないか。あぁ、判った。構って欲しくて邪魔してたのか、お前。
ガキのようだと思ったら、それよかもっと似てるものがある。猫だ、猫。白い毛並みの碧の瞳の…。あぁ、そんな猫がいたら、きっと俺は仕事なんぞ放り出して可愛がるさ。だって人間のギンコのことだって、こんなに可愛くて困るのだから。
終
08/08/29
『幾度生まれ変わっても』
お前がある時、本当に優しく柔らかく、とてつもなく綺麗に笑ったのを、見たことがあるよ。俺はどきり、として、いったい何を見ているのかと、お前の視線の先を辿り、ただの垣根のある庭へと視線を彷徨わせた。
何も無い。
お前が、笑いかけるような、
そんなものは何も
いいや、違うのだ。
何かがそこにあるのだけれど、
それが俺には見えていないだけなのだ。
優しく柔らかく、とてつもなく綺麗なお前の笑い顔は、だから、けっして俺に向けられたものじゃあなくて。あぁ、あぁ…嫉妬しちまうじゃないか。見えない蟲らに、無為の焼きもちを焼いて、部屋の中へ入り兼ねている俺を、いい加減気付いてほしいものだよ、なぁ。
「あぁ、化野…今なぁ。ん、いや何でもないよ」
見えない蟲の説明は、ギンコは大概しはしない。この世の何処にでもいるその生命体の一つ一つ全部、見たい知りたい感じたいと、そう思っている俺への、それは気遣いなのだろう。それでも、つい、言いたげに零れかけたその言葉を、俺は無言で笑んで愛しむ。
あぁ、ほんとうに。ほんとうに。
好きだぞ、ギンコ。そう言うと、なに言ってんだ、とお前は照れて、さっきの柔らかな笑顔とは違うけれど、怒ったようなふりをしているその片目だけで、ギンコは綺麗に笑っている。
あぁ、ほんとうに。お前を、好き過ぎて困るのだ。
こんなに一人の人間だけを愛してしまったら、一度俺が死んで、次に何処かで転生したとして、きっとお前以外のものを、愛する気持ちまで、きっとここで使い果たしているだろう。それを言えば、馬鹿を言うなとお前はいうのだろ。でもなぁ、きっと、その通りだと思うのだ。
俺が転生したとして、お前も転生したとして、二人一つの世界に生を受けたなら、きっと出会うまで、俺は誰の事も愛さない。愛せやしないだろうよ。だから、誰をも愛せない、そんな俺を哀れと思うのなら、お前もきっと、きっと俺と同じ時を生きてくれ。死んでも、死んでも、幾度生まれ変わっても、どうにかしてなんとかして、俺と出会って欲しいのだ。
無茶苦茶、か?
そうだなぁ、そうかもしれんが。それが「愛」というものなのだろ?
終
08/08/29
『天秤もしくは黒炎』
「連れて行ってくれ」
そう言ったその言葉にくす、と笑ってギンコは俺を抱き寄せた。出来もせんくせに、と、言われた気がして、縋る腕に力が篭る。嘘じゃあない。軽い気持ちでなんぞ、こんな言葉が言えるものか。里も、医家としての責任も、お前と天秤にかけりゃあ、どちらが下へと落ちるのか、そんなもんは試さずとも判ること。
「連れてはいかんよ」
なのに、ああ。そんなにあっさり言わないでくれ。黒い炎の燃えるような、そんな憤りが胸を焼く。燃え出た煙も黒く澱んで、こんなに好きなお前の事が、同じほど憎くて堪らない。
「嘘だよ。もう来ないなんてな。からかった…。いいや、試したんだ、お前をさ」
憎しみと安堵が、渦を巻いて回る。こいつが好き過ぎてその渦に自分が沈められた。里なんぞ、大事でも何でもないのだと、俺に比べりゃそんな程度なんだろうと、それを判らされた。天と地ほどに傾く、残酷な天秤。
好きだ 好きだ 誰よりも 何よりも
試しなどいらない するのなら いっそ
自分の為に死ねるのかと、
そうとでも聞いてくりれゃぁいいよ
黒い炎は消えないで
この命さえ燃やしてしまいそう
終
08/08/29
ちょいと一言
一番上の「流滴の言・その後」ってやつ。蟲師の小説ページにある作品の後日談らしいですね。いや、私が書いたんだろうけど、記憶が無いの。まぁ、毎度のことか。それから、カプとかもなんか色々バラつきありますねー。読みにくくて申し訳ないです。
12/01/03