『黒蛇贄』
   暗いです。子ギンコ苛めてます。
   だからあえて見えにくい色にしてます。読む方は反転で。


 夜半、ある里のある家の井戸端の暗がりから、白い足がひとつ、唐突に突き出して揺れていた。細い。女のものではない。そして大人の足でもない。その足の向こう側には、露に濡れた草を、必死に握る指。縋り付くように。許しを乞うように。声、いや、喘ぎが、零れ落ちた。

「ひ、っう…、くふぅッ…」

それへ厳しく叱責の響きが重なる。

「ちっ、静かにしてねぇか…!こんくらいしか役にゃ立たねぇくせして。おら、もっと脚ぃ、広げとけ、ギンコ」

はぁはぁ、と、苦しげなその息遣いが、男の憤りに怯えたように、一時途切れる。それでもまた、押し殺し切れない鳴咽。

「んんっ、うぁ…」
「もういっぺん声出したら、今日も明日も、てめぇに飯はやらねぇ」

ギンコと呼ばれた子供は必死で傍らの草を握り、毟り取ったそれを、口に頬張り喉奥にまで押し込めた。そうでもしなければ叫んでしまう。無理に与えられる快楽は、体に逆巻く激流のようだ。

 見開いた碧の目が、辛い涙をにじませながら、開いた自分の足の傍に集まってきて、弱々しく揺れる蟲達を見る。その蟲がくるのは今夜二度目、だった。

「ちっ…また。欲しいのはこいつじゃねぇよ。うるせぇ蟲どもが」

 と、男は懐から出した何かを、蟲に向かい振り上げた。粉のようなものが舞い、蟲達は色を薄れさせてことごとく消える。追い払われたのではない、死んだのだ。ギンコは顔をそむけ、目をつぶり、その蟲が消えるのを見ないようにしている。

蟲が消えると男はまた、ギンコの下肢に手を伸ばした。もう随分長いこと、そこを弄られ続け、ギンコの幼い茎は赤く痺れてしまっている。なお、その痺れの下までも犯し尽くし、快楽を与えてくる執拗で巧みな愛撫。

「う、ぅう、く…っふ」

 男の手が、さらに動きを速くする。音のない夜半の空気に、くちゅくちゅいうあやしい水音が響いて、ギンコは辛そうに尻を揺らした。

「もうじきだな、我慢するなよ、そのまま出せ。そら、そぅら」
「ぅう、ぐ、ぅ…んんんッ!」

ぴしゃ、と、辺りの草の上に、白濁が零れた。さらに根本から先端まで扱いて、出るだけの精液を男は絞り出そうとしていた。腫れたように熱い袋を、もう片方の手できつく揉んで、ギンコが無意識に逃げようとすると、それを捻り上げて引き戻す。

 辛い涙を溢れさせ、緩い動きで脚をもがかせながら、堪えようのない性欲の証を、とろりとろり、ギンコはそれの先端から零すのだ。

 閉じ忘れたギンコの目に、闇から現れた長細い蛇のような蟲が映った。今からされることを考えたくなくて、ギンコは多分、明後日にはもらえるはずの食べ物のことを考えた。

 握り飯、ひとつまんま、貰えるかな
 飯粒あんまり固くないと、いい…

 ギンコは脚をさらに広げられ、尻穴に指を入れられ。二度三度、男はその中をいじくった。草を含んだままの口で短く鳴咽して、次に入り込んでくるものをも、ギンコは受け入れるのだ。

 蛇…の形の蟲。黒く太い、ぬめる感触の。

「んん…ぐッ、くふぅ…っ」

 蛇はずるずると、ギンコの中に入っていく。下からだというのに、何度入られても嘔吐したくなる。ゆらり、小さく腰を揺する仕種は、入っていく蛇の動きを助けるため。

すべてが入ってしまうと、男はせわしなくギンコの体の汚れを拭い、乱暴に着物をつけさせ、それから最後に、破れかけた粗末な布で、彼の髪を覆い顔を上から半分、隠させた。

「髪ぃ。それからその目も、相手に見せんじゃねぇぞ。気味悪がれられるからな。せいぜい哀れっぽい声出して家に入れてもらえ。で、あと判ってんな」

ギンコは黙って頷いた。立ったまま、下肢に力を入れていないと、あの蛇が出てきそうになる。逃げた蛇は草むらへと逃げるだろう。そうしたらまた一からやり直し。それは辛いから嫌だ。

うなだれて、それから眺める目の前の家には、彼を招き入れてくれる温かな人はいるだろうか。そうしたらギンコはその人らに、黒蛇の蟲を取り付かせて苦しめることになるのだ。その後、この蟲師が、それを払いにやってくる。そういう段取り。

でも、俺は…何も、悪かない。

 まだ小さな手を振り上げて、ギンコは扉を叩くのだった。





080406

















『いつもと違う夕夜のこと・続』
    (このノベル前半は、旧拍手コーナーにあります)


「こ…の…っ、ケダモノ医者…ッ」

 そう叫んだ声を最後に、ギンコの声はかすれてしまった。声と言うより吐息と言ったほうが近いような、そんなものしか唇から放てない。

 ギンコの布団の横で、畳に膝を付き、片手を付き、もう一方の利き手だけを、その内側へと深く入れて、化野は不埒な行いに及んでいる。まだ布越し。下着とズボンと。だが布越しのもどかしさが、いっそギンコを辛い気分にさせる。

「あ…っ、はぅ…ッぅう。お、おこ…るぞ、化野…っ」
「なんで。俺と同じで、このままじゃ寝られないんだろう。そんなら寝られるようにしてやるから、なぁ」

 手のひらが、布越しにギンコのそこをすっぽり包んで、軽く上下に揺すっている。揺すられれば、敏感な皮膚が布地に擦れて堪らない。布団の中に手を泳がせ、必死で化野の手首を押さえれば、それでも強引にその手を上下させて、化野はさらに強くそこをしごき上げる。

「や、ぁあぁっ、は、離せ…っ、嫌だ、嫌だっっ」

 焦らされていたも同然だからだろう、いつも以上にそこは敏感で、化野の手のひらの熱を感じただけで、先端が緩んだ。じわりとそこから液が滲んで、それが服の布地を湿らせている。

「嫌だってか…? 嘘ばかりだな、ギンコ。しっとり湿ってきたぞ、ここ」

 布団に阻まれ、触れているのは化野の片手とギンコのその場所だけ。それも二枚の布越しで、それが泣きたいようにもどかしい。イきそうになるのに、このままじゃどうにもイけそうにない。

 喉を反らし、いやいや、と首を横に振って、絶頂寸前で、ひ…、と悲鳴を上げたあと、潤んだギンコの緑の目が、恨み言をいうように化野の顔を見上げた。

「あ…あだし…っ」
「…判ったよ。そりゃそうだろうな、俺もこのままじゃ、もどかしい」

 化野はそう言って、ギンコを泣かせていた手を遠ざけた。そうしてギンコの顔に顔を寄せ、啄ばむように口づけを、何度も何度もしてやる。一度触れた唇が、ほんの一瞬離れるとき、顎を上げて追い縋るようなギンコの姿が、可愛くて可愛くて、どうにかなりそうだった。

 口づけを解いてから、化野はやっとギンコの布団を捲る。さっきちらりと捲ったのとは違い、ギンコの上半身が全部見えるように捲り上げ、シャツ越しの胸に片手を置きながら、さらに下の方まで布団を退けていった。

 今更恥じるようにして、ギンコは両膝を立てたが、あっさりとその膝を元通り伸ばされ、間を置かず、ズボンに手を掛けられる。下へと引き下され、それにつられて、下着も半端に下へとずれた。

 その、下着が止まった箇所が、ギンコのそれへ変に引っかかっていて、残った最後の一枚が下された時、そこから零れた茎が、ふるりと震えて雫を零す。

「あ、ぁあ…ッ…」

 ぽたた…と零れた雫が、布団の敷き布の上に、濃い染みをつけ…。化野は、目の前に現れたそれへと、愛しむような眼差しを注ぐ。

 いや、彼はそれを本気で可愛いと思っている。先端が綺麗に丸くて、濡れてひくつく窪みなぞは、小さな小さな小魚の口のように、ひっきりなしにヒクヒクと動いていて。

「…ギンコ……」

 ちゅ、と音を立てて先端に吸い付かれ、ギンコは声もなく仰け反った。立て続けに、ちゅうちゅうと吸われ、中で逆巻く精液を無理やりに吸い出され、気が変になりそうなほどの、激しい快楽。

「…ひ、ゃ…ァっ、はぁ、ぅう…ッ」

 ちゅく、ちゅく…と粘液質の水音が途切れない。吸い立て、口にたまったそれを、同じく口に含んだままのギンコのそれへ、塗りつけ絡めるようにして舐め回す。

 さらにそれでは飽き足らず、片手でギンコの片膝を持ち上げて、ももを大きく開かせ、茎の下で揺れている袋を、残る一方の手で揉みしだいた。あぁ…あぁあ…、と、声とも吐息ともつかないものを、濡れた唇から零し続け、無意識にギンコは両膝を広げている。

 嫌だとか言っているくせ、体はこんなに素直で、それがまた愛しくて堪らない。あんまり毎度、嫌がるから、本当に嫌なのかと思うが、そう思う方が間違いなのだ。嫌がるのは嘘でしかないのだと、抱いている間は化野も確信している。

 激しく一度射精するのではなく、ひっきりなしにとろとろと、濃い精液を垂れ流して、ギンコの意識はもう半分以上飛んでいた。口を離し、その代わりに丁寧に指で愛撫してやりながら、化野は聞く。

「なぁ、気持ち、いいんだろう…ギンコ」
 こくりこくりと、夢中でギンコは頷いた。

「そろそろ、ちゃんとイっとくか?」
 また、こくこく、と、ギンコは続けて頷いている。

「じゃあ、一回イかせてから、ゆっくり入れるから、な?」
 こくり、こくり、また無我夢中で。

 指でいじってやっている先端を見れば、まだそこは小さな魚の口のように、ひくひく、ぴくぴくと物欲しげ。化野は涙を流しそうなほど、快楽に溺れているギンコの様子を、満足そうに見て、不意に思いついて、さらに問いかけた。

「お前、俺にして貰うの、好きだろう。嫌だとかなんとか、要するに、照れ隠しなんだよなぁ…?」

 うん、うん、と、また頷くギンコを見て、化野は満面の笑み。騙して返事させたようにも思えるが、どっちにしろそれがギンコの本心なのだ。

「そうかそうか、やっぱりそうだろ。今夜はたっぷり泣かせてやるから、な、ギンコ」

 そう言って、化野は、またギンコのそこを口に含んだ。熱くて元気に暴れてて、先端から根元から、白い綺麗な繁みまで全部、酷く濡れそぼったその場所を、たっぷりじっくり、朝までも可愛がってやろう、と化野は思うのだった。





080321

















『木箱のぞき見せんせ』


 往診を終えて化野は急いで家に戻る。ギンコが来ているのに、そんなゆっくり出掛けてなんかいられるか。

 駆け戻った家の中では、火の入っていない囲炉裏の前で、ギンコが珍しく船を漕いでいた。傍らには木箱。あーっ、なんてことだ。こんな素晴らしい機会はそうそう無いぞ。兼ねてから気になっていたギンコの木箱の中を覗ける!

 実はこっそり見ようとして、叱られたこともあるのだが、生憎、俺の好奇心は無尽蔵らしい。

  にじり寄って、まずは一番上の引出。ぴくりともしねぇ。くそ、鍵でもかかってんのか。それともなんかの細工かね。そんな引出にゃ、それこそ珍品中の珍品が入ってそうだというのにな。

  諦めずに今度は真ん中あたりの、大きめの引出。

 お、今度はすんなり開いた。中を覗くと…、なんだつまらん。食料の類みたいだな。干した飯に干した魚に干した肉。なんか根菜であったであろうものの、茶色く萎びたもの。

  これを、まだ食う気で持ち歩いてるのか? 他のものも乾燥した食べ物ばかりで、見るからに食欲をそそらない。なんだか不敏になりつつも、その下の引出を開ける。

  すると小さく畳んだ薄っぺらな獣の皮が一枚。敷物だろうか。横になって手足を縮めて、やっと体がおさまるかどうかの、本当に小さな。寒い季節は終わったが、これを敷いて寝るのか? 野宿で? 

 次の引出には竹筒。水を持ち歩くためのものだろう。それに小刀。少し錆びていて、柄のところなど傷だらけ。化野はそうやって、幾つもの引出に指をかけた。開かないところも多かったが、それでも今まで知らなかったギンコの旅の暮らしを垣間見たように思った。

 判っていたさ、大変なんだってことくらい、でも思っていたより不自由そうで、特に食べ物なんか、いつもこんなものしか食べてないのか…。
 来る度、俺が出してやるものを、言葉少なに平らげていたギンコ。彼にとっては、火を通したばかりの温かい食べ物が、きっととても嬉しいのだろう、と、そう思う。

 それから化野は元通り引出を閉め、舟を漕いでるギンコの背に、着物を一枚掛けてやってから奔走す。

 隣の家へ行って野菜を貰い、浜まで走ってって新鮮な魚を買い、昨日炊いた飯はあったが、それとは別に米をとぎ、火をおこし、魚を焼いて、根菜を煮て、飯を炊いて、漬物を切り、味噌汁は何にしようかと、首をひねって、裏の山へとまた走って行く。

 山道で屈みこんで暫し目を凝らせば、枯葉を押し上げて伸び始めた山菜が見つかる。三つ葉とぜんまいが採れた。これを味噌汁に放せばいい香りがして美味い。

 指を土だらけにして戻ると、ギンコは体を横に倒してまだ寝ていた。慌てて指を手ぬぐいで拭いて、音を立てないように、物入れから温かい掛布を取り出し、そっとギンコの背に掛ける。

 無防備な寝顔が嬉しかったが、同時に疲れのたまったその顔が、可哀相だと思った。

「ギンコ、ゆっくり寝てろよ」

 と、言った途端、その声が聞こえてしまったか、ぱちりとギンコの目が開く。

「あぁ…すまん、寝ちまってたか」
「い、いや、こっちこそ起こしちまって」
「……凄くいい匂いがする、飯と、焼き魚、煮物の匂いも」
「まだ作ってるから、も少し寝てていいぞ」

 目を擦りながら身を起こし、ギンコは傍らに置かれたままの木箱を、部屋の隅へと押しやった。そんな仕草を見て、化野は忘れていたことを思い出す。

 あー…。まだ開けてみてない引出も、あったのにな。折角の、覗き見の機会が。

 自分で思ったことに自分で苦笑し、化野は台所へと入って行く。味噌汁を作ってやらねば。するとギンコが後ろに付いてきて、嬉しそうに鍋の蓋を取って、中を覗き見した。

「ご馳走だなぁ」
「おぅ、たんと食え。食って栄養つけてけ。いつもロクなもん、食ってないんだろ。干した魚だの肉だの飯だの、そんなのばかりで。あんまり古くなった野菜とか、食わずに捨てろよ。腹を壊すぞ」
「なんか…よく知ってるな」

 ギンコがそう言うので、化野はちょっとぎくりとした。ぎくりとしたままの顔で、鍋の中身を掻き回す。

「ま、その…たんと食え。たんと、な!」
「味噌汁の鍋、ふいてるぞ」
「わっっ!」

 夕餉の前に、化野邸の台所は賑わしい。会っては別れ、会っては別れる二人だけれど、離れる時のことは、今は忘れていよう。今は和みの時、安らぎの時。





080317

















『拭かれてたまるか』


「先生、それでこないだ見てもらった足の腫れ、まだちょっとうちの子、痛がってて。あんまり出歩くなって言ってあるんだけど、あの子ったら今日も近所の子と…」

 若い女が、子供の足の怪我のことで、化野に相談に来ている。ギンコは囲炉裏の傍に座り、体を横に向けてじっとしているが、火の方に向けてる頬が赤い。囲炉裏の火が勢いよく燃えているから、そこにいると熱いのだろう。

「うーん…。まぁ、もうだいたい治ってるから、出歩くくらいいいんだが、転んだりぶつけたりはしないようにと、念押しといた方がいいな。お前さんとこの子、元気余ってるからなぁ。いいことだよ」
「あぁ、そんならよかった」
「うん、塗り薬を一応、もう少し。…おい、ギンコ」
「ん、うんっ?」

 声を掛けられて化野の方を見たギンコの顔は、もう逆側の頬まで真っ赤になって、見るからに熱そうだ。なんだってそう囲炉裏の傍にくっ付いているのか。

「も少し火から離れたらどうだ?」
「あ、うん、いや、今日は寒いからな」
「…あぁ…好きにすりゃいいが」

 答えた言葉を聞いて、化野は何かに思い当たったらしい。ニヤリと笑って、それきりしつこく言うのをやめた。

「じゃあ、これ、塗り薬。痛みが続くようなら、もういっぺん見せにくるといい」

 お世話になりまして、などと言い、ギンコの方へも頭を下げて、若い女は去って行く。ギンコは明らかにホッとした顔になり、やっと囲炉裏の傍から少しは離れた。けれども不自然な恰好で、火の方へ脚を伸ばしている。

「あのなぁ、気にし過ぎだぞ、ギンコ。かえって不自然だ」

 化野が言うのへ、ギンコは眉間に皺寄せて、じろりと彼を睨むのだ。床に伸ばしたギンコの脚の下、囲炉裏の傍の板の間に、何か濡れたような跡がある。

「そんなもん、誰も気にせん。いや? もしかしたら気付いて丁寧に拭いてくれるかもしれんしな」
「…ふ、ふ…拭かれてたまるか…っ」

 化野の視線に気付くと、ギンコはその板の上に手を載せて、彼の目からさえそれを隠した。手のひらの下の跡は、殆ど乾いているのだが、単なるギンコの錯覚で、まだぬるぬると生暖かく感じられる。

 ほんの数分前、村の女が来る前に、ギンコはそこにうつ伏せに、化野に押さえ込まれていたのだった。それで逃げられず、後ろから脚の間に手を入れられ、不自由な姿勢で二度も放った。

 もう済んでしまった性交の、その熱、その快楽、零れた声も涙も吐息も、全部が全部、あまりに生々しくて、直後に同じ場所に他人が来たりすると、ギンコは居たたまれない気分になる。化野はまったく気にならないようで、そんなギンコの様子を笑うのだ。

「なあ、そんなんなら、襖越しとか障子越しに、他人がいる場所でなんか、お前勃たないのか? そうなると試してみたくなるな」
「……絶交するぞ、化野」

 怒気荒くギンコが言うので、化野は「冗談に決まってるだろう」と言ってさらに笑った。ギンコはまだ脚でその跡を隠しながらも、ほんの少し、化野から遠ざかるように身を引くのだった。


080304

















『あたたかな手のひら』


 明け方。いや、まだ夜半を回ったばかりかもしれない。化野はふと目を覚まして、暗がりの中にギンコの髪の白を見た。どうして目を覚ましたのかと言えば、布団の外に出していた右手の指が、なんだか妙に痒かったからだ。

 なんだ、痒い…。いや、くすぐったい…?

 だんだんと目が慣れてくる薄暗がりの、すぐ目の前で、ギンコの頭がもそもそと動いている。その動きと共に、指先に柔らかなものが触れて、それがさっきからくすぐったいのだった。見れば化野と一緒の布団に横になったまま、ギンコは薄く目を開けていて、首を動かしてちらりと彼の手を見ては、またもそりと、枕の上の頭をずらす。

 …? 何、してんだ。

 声をかけようかと一瞬思った。でも、ギンコは自分でもどこか訝しげな顔をして、どうやら化野の手のひらに、自分の頭を触れさせようとしているらしいのだ。化野は声をかけず、逆に気付かれないよう片目だけを薄く開けて、そのまま様子を窺ってみる。

 そうするうち、ギンコの頭のてっぺんが、ちょうどうまい具合に化野の右の手のひらにおさまった、というか、化野がギンコの頭に手をのせたような恰好になったというか。

「ん」

 よし、とでも言いたげな顔をして、ギンコはそのまま目を閉じた。そうしてすぐに寝息を立て始める。変なヤツだ。と、化野は思った。そりゃ、常から変わっているとは思っていたが、今日の行動は意味が判らない。俺の手のひらに、わざわざ頭を押し付けたりして。

 変だぞ。なぁ、子供じゃあるまいし。あ…。

 そうして化野はやっと思い出す。今日の昼間のことだ。野山を駆け回って遊んでいた子供らが、膝を擦り剥いたと言って、泣きそうな顔でやってきて、それを手当てしてやった時。

『よぉし、いい子だ、えらいな。泣かなかったな』
『このくらいっ、平気だもん』
『あー、ずるいっ、せんせい。あたしの頭もっ』

 あたしも、おれも、と騒ぎ立てる子供らの頭を、苦笑いしながら一つずつ撫でてやる俺を、そういやお前、囲炉裏の傍から、黙ってぼんやり見ていたっけ。それにしても…まさかお前も、俺に頭を撫でてもらいたかったとか。そりゃないだろうよ。いい年をして。

 思いながら化野は、ギンコの頭に触れている手を、彼を起こさないようにそろりと遠ざけた。…と、ギンコの頭は、それへ吸い寄せられるように、化野の方へと体ごと寄ってくる。

 …あぁ、お前、もしかすると
        子供のころの夢をでも…

 不意に化野はそう思って、ギンコの頭をそうっと撫でてみた。いい子だな、と小声で優しく囁いてもみる。カクリ、と頷くようにして、ギンコの頭が小さく揺れた。途端に、甘いような切ないような感情が、化野の胸に満ちてきた。

 柔らかい髪。まるで、幼い子供のそれのように。聞こえる寝息も穏やかで、本当に子供と添い寝しているみたいだ。あたたかくて、やさしくて、心がゆったりと安らぐような、不思議な心地がする。

 いい子だ いい子だな

 今度は指じゃなく、心がくすぐったいような思いをしながら、そう、微かに呟いて、化野はギンコの子供のときのことを考える。一度も聞いた事の無い、ギンコの子供時代は、どんなものだったのか、いつか聞くことがあるだろうか。

 あぁ、次に来るときまでには、
 誰かから子守唄でも教わっておくよ。
 楽しみにしとけ、ギンコ。
 お前は呆れるかもしれんがな。

 閉め損じた雨戸の隙間から、明け方の光はまだ入ってこない。もう一眠りしようか。そう思って、化野もそっと目を閉じるのだった。





080218















… ちょいと一言 …

また再アップ作業を長らくサボってしまいました。すいません。
見てみたら、二年前のだよ。そしてまだまだ沢山ある。
今週と来週は蟲師週間なので、ここももう一ページくらい、
増やしたいと思ってます。ええ、有限実行で!


10/03/21




blog 080218〜080406より 転載
チビ ノベル  5匹