『まぁるくなるギンコ』
「なぁ、ウロ穴の話、前に教えてくれたろ…?」
布団で身を起こしながら、化野はギンコの耳朶に囁いた。その耳を愛でながら、自分の耳では慣れたように、坂道を来る誰かの足音を聞いている。知らない足音。客人か。商い人、病持つ者、薬師。誰か知らないが来ないでくれ。今だけは来ないでくれ。後にしてくれ。
「そのウロ穴の中に、もしも人が家を構えたらどうなる。そこを知るものしか、来られないのだろ?」
「…馬鹿を言う。すぐに記憶も心も失くして、そんな家など忘れて彷徨いだすだろうよ。果ての無い、出口も無いに等しい迷い道だぞ」
「そうか…。そりゃまずいな」
苦笑して返事を返すギンコに、化野もまた苦笑を返す。
「客だ。お前はそのまま寝とけ」
唐突に起き上がる化野の目を見て、ギンコもさっきの妙な問いの意味を知る。
客か。患者か、隣家のものか、それとも旅人。誰だか知らないが、来ないで欲しいと思う。今だけは来ないで欲しかった。後にしてくれたら。見ている化野の背中が少し遠くなる。ギンコは布団の中で、猫のように体を丸めて、それを抱き締めた。
ついさっき、嫌というほど化野がくれたぬくもりを。
終
080211
『ゆさゆさゆらゆら』
「おや、あんたたち、また先生のとこに行ってきたのかい? 困った子らだね、すっかり懐いちまって」
子供たちが庭に駆け入ってきたのを見て、呆れ顔で嫁がそう言うと、その隣で着物を干していた姑が言う。
「まあま、いいじゃないか、先生どうせ今は暇してるよ。ここんとこ、怪我とか病とか、だぁれもなっちゃいないんだからねぇ。先生ひとりだったろ、ね?」
子供は尋ねられてすぐに答えた。
「ううん、おふとんにいた」
「え? おや誰か罹ってたかね。聞いてないけど。先生んとこに寝てるってことは…誰か旅の人とか…」
「うん、そう、たびのひとぉ」
やっぱりそうなのか、と、嫁と姑は頷き合う。この家は医家のあの家から坂をずっと下ったところにあるから、そう近いわけでもないが遠くもない。病人の世話がもしも大変そうなら、差し入れの一つもそのうちに…。
「具合、悪そうだったかい? その人。ん…と、青い顔してた?」
嫁が子供に問う。子供はまだ四つになったばかりの子と、三つの子だから、難しいことを聞いても判らない。判りやすく聞いたつもりが、妙な答えが返ってくる。
「うんとね、おかお、あかかったよ」
「…熱が高いのかね」
「わかんない。はぁはぁ…って、してた」
下の子も妙なことを言う。姑がカラになった籠を持って首を傾げ、問うように嫁の顔を見た。嫁はもう洗い終えていた大根を、間違ってもう一度洗い始めながら呟く。
「おかぁさん、あたし後でちょっと言って、様子を見てきますよ。なんだか気になるし。…もしかしたら、移る病かもしれないから、お前たち、もうしばらくは先生んとこ、行っちゃ駄目だよ。判ったねっ」
姑は二度洗いされている大根を、ちょっと苦笑しながら眺めて、心配しすぎの嫁をいなす。
「もしもあぶない病なら、先生が黙ってるわけないさね。先生は何にも言ってなかったんだろ?」
もう余所へ興味が移りつつあるらしく、庭の隅にしゃがんで白い花を見ている子供らに聞くと、下の子と上の子が交互に言った。
「せんせぇ、こっちみなかった。ずーっと、ゆらゆらってしてたよ」
「ゆらゆらじゃないよ、ゆさゆさだよっ」
「え…? ゆらゆら、してた?」
「ゆさゆさっっ」
「ちがうっ、ゆらゆらだもんっ」
「せんせいね、ねてるひとと、おふとんでねぇ」
嫁の方の眉と眉の間にシワが寄る。意味が判らない。聞けば聞くほど判らなくなる。
「今からちょっと、行って来た方が…。丁度いいからこの大根差し入れってことにして」
泥の一つもついてないくらい、綺麗に磨かれた大根を片手に、嫁がたすきを袖から外す。けれど、立ち上がった彼女に、姑がこう言った。
「…行ってもいいけど、いくんなら…もうちょっと後におし。取り込み中、だったら、かえって…ほら、まずいじゃないか」
「でも、あたしで手伝えそうなことなら、手伝ったっていいし」
「よしなさいって言ってるんだよぉっ」
姑が声を大きくしていうので、嫁は不満そうにそれでも行くのを諦めた。姑は口の中だけで、一言呟いて、しばらくぶりに、本当にしばらくぶりに頬をほんのりと赤くした。
…よした方がいいよ。これは女の勘だよ。
終
080211
『あらぬ不安』
「ぁ、ぁあ…く、ふぅ…」
熱く湿った息をつきながら、ギンコはきつく目を閉じている。視界が闇になると、身の内を抉られる感触はさらに生々しく、酷く意地の悪い仕草で、化野が指で小刻みに突くのが見えるようだ。
「ァ、あ…化野…っ。んぁ」
突き入れられる異物感。それをゆっくりと外へ引き出される違和感。肉の壁が捩れて、指と一緒に何かが外へと零れてしまうような怖さ。そうだ、ここはそもそも、そういうことに用いられる場所だった。だったらまさか、もしかして。
「や、や…っ、め…」
「どうした…?」
唐突に焦り出したギンコの顔を、化野は間近で覗き込みながら、指の動きを忙しなくした。ぁあ、ぁあ…と喘ぎながら、ギンコは必死で化野の腕を掴み、やめさせようと必死になる。そこへ見抜いたように、化野は笑った。
「あぁ、大丈夫。なんにも入っちゃいない。綺麗なもんだ」
確かにちょっと、そんなような感じがするだろうけどな。などと付け加えて、化野はもう一度、指を奥の奥までねじ入れた。最奥に届いた指を折り曲げて、その指の腹で生暖かい壁を撫でる。撫でて、なぞって、イイところを探す。
「ここらへんか?」
「…な、何が…っ?」
「違うか、じゃあここか」
「え…、ぁ、は、ぁうッ!」
びくびく、ひくひくと、ギンコの体が震え上がった。いやいや、と首を振って、白い髪を振り乱す。向い合わせで布団の中、太ももを交互に絡ませて、いたずらの延長のような性交に、まだギンコは慣れられない。
「イっていいぞ。布団とか、汚れてもいいから、そのまま出せよ」
我慢なぞ出来ない、しようと思う余裕もない。脳裏に光の弾けるのを見ながら、先端を揺らして放出する。そこから熱の弾ける感覚が、奇妙に気持ちよくて、ギンコは化野に見つめられながら泣いた。
「なんかもう、疲れ切ってるみたいだな」
化野が言う。ギンコはぼんやりと化野の顔を見て、こくこくこく、と三度続けて頷いた。その仕草が可愛くて、化野はギンコの髪を撫で、よしよし、判った。などと言って笑う。
しょうがない。今夜も一人でヌくとしよう。それにしても、そろそろもう少し、慣れてくれてもいいだろう。心の中で呟きながら、化野の手は某所で忙しい。
毎晩のように、お前の寝顔を見ながらヌくなんてな。
そんな変な癖がついたら、どうしてくれるんだ。
なぁ、ギンコ。
終
080207
『白い珍品』
もうもうと上がる湯気の中、変なものがそこに置かれていた。大きさは両腕でぎりぎり抱えられないくらい。白くて艶々してて。そうだな…そこに腰を下ろしたら、丁度よかろう、と思うような大きさと高さだ。
「…………なん…なんだ? これ」
「いいだろう。珍品だぞ」
服を脱いで風呂場に入ったところだと言うのに、うしろからこっそりついて来た化野が、ギンコの肩越しにそう言った。にやにやと笑うその顔に、もの凄い嫌な予感がする。
「な、なんでついてくるんだ…ッ」
振り向いて勢いよく後ずさると、丁度その、得体の知れない珍品が膝裏に辺り、ギンコはそれへ腰掛けてしまった。
「待て待て、それはフタをあけて座るんだ。ここにそれらしい絵が書いてあって、親切な品だろう。な?」
腕を掴んで立ち上がらされ、化野はそのフタとやらを開いて、もう一度ギンコをそこに座らせる。真ん中に大きな穴が開いていて、尻がそこにはまってしまいそうな気がして、酷く落ち着かない、いったい何が起こるのか、何をされるかと、内心で動揺しまくっているギンコが、上擦った声で聞いた。
「こ、こんなの、風呂場なんかに置いて、狭いだろうが!」
「それがここじゃなきゃ駄目なんだよ。何しろ服を着たままじゃ使えなくてなぁ。それに周りが濡れるし」
「はぁ…?!」
化野は物凄く楽しげにニコニコしている。ギンコは裸のままのなりで、化野はいつもの着物を着ていて、そんなふうに風呂場に二人でいることが、ギンコは酷く恥ずかしい。
「珍品の説明は後でいいから、で、出てってくれ。お前がいちゃ、落ち着かなくて体も洗えないだろ…っ」
「そう早まるな。これだって体洗う道具なんだぞ、俺がいなきゃ使えないだろう。いいか? ちゃんと深く座っとけよ? 座ったら、ここをこう、な?」
化野はギンコの肩を上から押さえつけたまま、立ち上がらせないように彼の真ん前に立ち塞がっている。そうして片手を伸ばし、白くて大きい、陶器で出来たその物体の一部を押した。すると下の方から、何か妙な音がする。うぃぃん…とか、なんとか。それから微かに水音がしてきて。
「ぁ…あ?! やぁああッ!」
「お、いいとこにあたってるのか? そんな感じるのか、ギンコ。動くなよ、お前が動かなくても、ちゃんと湯のあたり方を調整できるから」
想像も出来ないことが起こった。何処からなのかはよく判らないが、温い湯が一筋、その陶器の奥から放出されて、ギンコの性器の根元にあたっているのだ。それはただの湯なのだが、細く勢いよく、ギンコの性器や、もっと奥の閉じた穴を濡らしていく。
「や、嫌だ…っ、あ、化野…。あぁぁッ」
ギンコは感じすぎてしまって、もう無意識に目の前の化野の体にすがり付いていた。抱きつかれ、がくがくと震えるギンコの肌を感じ、さらにそこらへんをちらりと見ると、何の変化もしていなかったギンコの性器が、もうすっかり立ってしまっていた。
「…うーん。そこを洗う道具かと思ってたんだが。ひょっとするとコレ、やらしいことする道具かも知れんなぁ。うん、まだ研究の予知ありだ。ギンコ、協力してくれよ」
満足げに言う言葉を聞いて、ギンコは化野を睨むのだが、半分泣きそうになった顔では、睨むのも可愛く見えて逆効果だ。
「じょ、冗談じゃ…っ、な…」
「水流調整、強…弱…。お、強く出来るのか。どれ。こうかな…?」
「ひ…っ、んん、ぁ、も、嫌だ…ぁあ…ッ」
その日、ギンコは声が掠れるまで付き合わされたのだが、翌日、化野が往診を頼まれて出かけると、彼はその重たい「珍品」を苦労して抱えて持ち出し、山へと運んで捨てて来た。今はその「珍品」は、フタが閉じた状態で、疲れた旅人が腰を下ろし、ひと時、足を休めるのに使っているという…。
終
071218
『縁の下の珍品』
「あっ、よく来たなっ、ギンコ。こ、これ見てくれ、珍品だぞっ!」
顔が見えた途端にそう叫ばれ、正直ギンコは面食らった。いつもならばもっと落ち着いてから、おもむろに奥の部屋から持ってきて見せるものを、この興奮ぶりだと、どうやら今さっき手にしたばかりらしい。
「また始まった。いい加減にし…」
「珍品だろう。見たことあるか、こんなの」
なるほど、確かに見たことがない。その上、化野の手のひらの上にあるそれが、どんな用途のものかも判らない。少し汚れているが、四角くて銀色でつやつやの材質。なんで出来ているんだ、これ。
「どっから手に入れたんだ。お前また、出所の曖昧なもんを、むやみやたらと買い取って」
「買ったんじゃないんだ。そこに落ちてた」
化野は、いつも彼が座っているあたりの縁側に出て、そこから縁の下を覗いて指差した。なんだってこんなところにこんなものが…。ギンコは首を傾げ、化野は不思議そうにしながらも、目をキラキラさせて楽しげだった。
「落ちてた?」
「落ちてたっていうかな、生えてた?」
「は、生えて?」
「うん、こっちを上にしてそこの土に生えてた。引っ張って取った時、ちょっと抵抗があったぞ。でも、草花の類には見えないしなぁ。あ、もしや蟲の類とかっ!」
「有り得ん。蟲ならお前にゃ見えんだろ」
「でも、生き物じゃないとは断言できんだろうが」
化野はそれが生き物であってほしいと思っているらしいが、どうみてもその四角い銀色のものが、自分で動いたり、鳴いたりするとは思えなかった。だが。
「う、うわっっ!」
「どうした、なんだっ」
「動いた! っていうか、ブルブル震えたぞ、今。それに、ここんとこ、光ったっっ」
「…気のせいだろ。お前の願望じゃないのか?」
「気のせいじゃないって、見てろ、きっとまた動くから、もしかしたら鳴くかもしれんぞっ」
「まさか」
あんまり否定されるんで、化野は少し不機嫌になってきた。ギンコの手にそれを押し付け、今に光る、今ブルブルする、と躍起になっている。待つこと暫し、いい加減に飽きてきて、ギンコはそれを床に放り出した。珍しいものなら蟲で見慣れているし、それが蟲じゃないならあまり興味はない。
ゴツ、と音を立てて板の上に転がったそれを、泣きそうな顔で化野は拾い上げる。
「何て乱暴なことするんだ、痛がるじゃないか。今だって弱ってるかもしれないのに、死んだらどうする?!」
「………」
付き合い切れない。何か食べ物でも漁るか、とギンコは縁側から中へと上がっていく。そんなギンコの背中に、またしても化野の大声が刺さった。ブルブル言ってる、光っていると大騒ぎだ。だが、背中越しに振り向いて、確かにギンコもそれを見た。
生き物とは思えんが…。仕掛けとかからくりだったとしたら、それはそれで珍品か…。化野が喜んでるなら、いいことだよなぁ。
ちょっと思い直して縁側へと戻り、はしゃいでいる化野の隣で一緒にそれを覗き込んでみる。だが、長いこと鳴り続けブルブルした後で、急にそれは音を鳴らすのをやめ、震えもしなくなってしまった。そうしてそれから夜になっても、翌朝になっても動かないし、ちょっとも光らない。
「…あぁ…これはもう、死んでるんだろうな…きっと」
「そう、なのかな…」
「そうとしか思えん、こんな丸一日も動かないなんて…。埋めてやろう…。昨日、こいつがあった場所がいい…」
そう言って化野は縁側の下に頭を突っ込み、妙な恰好で土を掘り始めた。手伝うには狭すぎ、ギンコが傍らで見ていると、不意に化野の動きが止まる。
「なんだこれ…? どう思う? ギンコ。珍品かな…?」
「はぁ…?」
「昨日と同じ場所だし、こいつと関係あるのかな」
化野は土まみれの手で、黒い紐のようなものを掴んで引っ張っている。昨日、あの銀色のものを見つけたのと同じ場所だ。関係があると考える方が自然だろう。というより、元々そこに繋がっていたんじゃないのか? 今も土から生えている黒い紐と、昨日そこから引っこ抜いた銀色の四角い生き物。
生き物? それはどうか知らないが、繋げてみれば何か変化があるかもしれない。
「ギンコっ、見ろ。ほら早く。生き返ったぞっ。昨日と同じところがちゃんと光ってる! 良かったなぁ、おい…っ」
終
071130
… ちょいと一言 …
すいませんどーも。そのぅ、変なのばっかりですよね。笑。こんなのを書いてたときもあったなぁ。と懐かしく、苦笑いしつつ思っていたりして。いやいや、ただの脱線ですから、どうぞお気になさらず。ですから、ここだけの話ですぞ。
昨日は、うちのサイトの二歳の誕生日でした。人様にお祝い言われて気付いたあたり、私ったら、心がけが…。すみませんです。そして、皆様、いつもありがとうございます。こんなサイトですが、今後ともどうぞよろしくー。
090227
blog 071130〜080211より 転載
チビ ノベル 5匹