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Voice voice voice … 9
やべぇ。ぜってぇ、やべぇ…。
このまま ここにいたら駄目だ、抑えらんねぇ、キレちまう。奴らとトラブんなって言われたけど。突っかかって行くなとか、言われたけどでも、そんなの無理。
目で脅すだけならいいって? そりゃ、睨むだけでブッ殺せんなら、それで満足できっけど。
だって、今、ここに奴らが来るんだ。ヒル魔にあんなことしたあいつらが、半殺しの目にも合わねぇで、平気でバイク転がしてんだ。この怒りをどこへやったらいい…?
「ハバシラ」
「…え……?」
名前を呼ばれて、怒りに歪んだ顔で振り向くと、視線の先でヒル魔が笑ってた。コンビニの裏から半身を見せ、あいつは俺を手招きする。こんな時でも俺は奴隷で、ヒル魔の言うことなら、こうしてちゃんと聞いちまう。
不平を言いながらバイクを降り、ヒル魔の招く方へ近づいて行く。コンビニの裏の方、表通りから影になる場所で、ヒル魔は彼を待っていた。
「なん…だよ、音、聞こえてんだろう。今、奴らが」
「何の音だって? てめぇ、ヤり過ぎて耳がイカレてんのかよ。それともヤりたりねぇってこと? エロカメレオン」
ひでぇ言い方。でも間違ってない。イカレてんのは確かだ。それでも耳は正常な筈なのに、さっきまでうるさく聞こえていたバイクの音は、もう聞こえていなかった。
闇が濃いと、なお白く見えるヒル魔の顔が笑っていて、コンビニ横の薄暗がりで、ヤツは変に妖艶な目をしてる。
「時間ねぇからホテル出てきちまったけど、俺もまだ、ヤられたりねぇ」
なに、言ってんの? さっきはあんな冷たかった癖に、また誘うの? てめぇな、振り回すのもいい加減にしろよ…と、言い返したい言葉は、溶けた脳みその中で空回りするだけ。
「新発売のガム、食べる…? 目ぇ覚めるぜ?」
言い終えて、ヒル魔は口を薄く開き、その赤い唇から、赤い舌を覗かせた。舌先に小さなガムが、なんとなく卑猥な形に歪んで乗っかってる。
てめぇの口で、歯で、舌で温めて柔らかくしたそのガムを、口から直接取れってのか。エロだなんて、よく人のこと言えるよな。こんなやべぇ誘い方、ヒル魔にしか出来ねぇし、似合わねぇ。
葉柱は馬鹿みたいにふらふらと、彼の傍まで歩いてって、真ん前で身を屈めて唇を近寄せた。なのに、ヒル魔はまるで恥らうように下を向いて、一歩分だけ後ろに下がった。
なんだよ、それじゃあキス出来ねぇ。捕まえようと腕を伸ばして、葉柱はヒル魔を長い腕の中に閉じ込める。後ろの壁に押さえつけて、細い顎にかけた手で、強引に上を向かせて口を貪る。
苦いガム。シュガーレスのブラック? ガムがこんなに苦いのに、貪る唇も舌も、とろとろに甘くて。
「…ん、ん…っ、ハバシラ…。なぁ…」
「るせぇ、黙ってろ」
てめぇで誘った癖に、嫌がるみてぇにもがいてやがって。でもヒル魔は無茶苦茶に暴れたりしないで、葉柱のキスを受け止めてる。喉の奥で喘ぐ声が、どっか甘えてるみたいで、すげぇ色っぽい。
どうせならホテルでこんなふうにしてくれりゃ、最初からもう一回、イイこと出来たのに。気まぐれ過ぎる酷いヤツ。
その時、ヒル魔が零す喘ぎと息遣いを、必死で聞いてた葉柱の耳に、また聞こえてきた、バイクの音。ヤケに近くて、しかも数台分。
ヴォオ…ン…っ。
え…? ぶおん…って?
ヒル魔の腕が甘えるみたいに首に掛かってて、ちゃんとは振り向けなかったけど、でも必死で首を巡らせた暗い視界に、流れて行く幾条ものオレンジのライン、ちかちかと赤いテールランプ。
バイク一台ごとが、街灯の下を通る時、不良どもの顔がちらりちらりと見えた。どれもみんな赤く染まってたり、バツの悪そうな顔してたり。下手すりゃヤりたそうなツラだったり。
「あ…。え……。えっ!?」
あいつらだ。今の、全部、全員に見られた…? っていうよりも、もしかしてヒル魔…。いや、まさか、そんな筈は。
首筋から滑るようにヒル魔の腕が外れて、まだ目の前にある彼の顔が、綺麗な悪魔の笑いを作るのを、葉柱は呆然と眺めた。ちょっとばかり頬を上気させてるけど、でもいつも通りの顔。
嫌味なほど満足そうなこの顔は、企みが成功した時の顔なのだと、葉柱もよく知っている。フィールドでも何度も見た。
ヒル魔はイタズラするように葉柱の頬に唇を触れさせ、壁際から逃げ出して、ガムの包み紙に味の無くなったガムを包む。
「やつらには『ヒル魔妖一は実は、最初から葉柱の持ちもんだった』って、思わしといた方が、面倒がねぇ。そのくらい、てめぇの腐った頭でも判んだろう」
そう思わせとけば、あの時、あんなに葉柱が激怒したことも納得するし、これから先、ヒル魔にだって間違っても手は出さない。なるほどそれはそうだ。それはそうだが、あんな沢山の見物人がいる前で、とっさに思いついて、葉柱からキスさせようと思うなんて。
いや、多分、偶然じゃない。なんか手を使って、奴らがここに来るように仕向けたんだろう。葉柱とヒル魔がここに来たのだって、ヒル魔の指示通り。案の定、悪魔は笑いながら自分の企みを暴露する。
「仕組んだんだよ。まだ納得いかねぇか? アタマ固ぇ…」
「いや、わ、わかった」
にやりと笑ったその顔が目の前を通り過ぎ、通りに停めたまんまのゼファーへと向う。葉柱はヒル魔を追いかけて追い抜き、バイクのエンジンを掛けて、ヒル魔が後ろに乗るのを待った。
そして彼は、ドキドキと胸を高ならせながら、横乗りしてくる主人に尋ねた。
「けど、ヒル魔、その…お前、嫌じゃねぇの…? 俺と付き合ってるって思い込ませちまって。俺は…! お、俺は…いいけど…。てゆーか、ちょっと嬉し…」
「…は…っ。物好きだな、てめぇ。変態かよ?」
さっきまでの笑い顔が嘘みたいに、無表情な顔をしてヒル魔はそう言った…。
走り出したバイク。
相変わらず横乗りの、命知らずな悪魔。
でも人を弄んで面白がってる顔は、悪魔ってより小悪魔。
命じられた通りに早朝練習前の、デビルバッツ部室まで送り届けて、立ち去ろうとして向けた葉柱の背中に、かすかにな笑いを含んだヒル魔の声。
「…今度こんな、首とか目立つとこに跡付けやがったら、二度とヤらせねぇからな、覚えとけよ、糞奴隷」
慌てて振り向いたけれど、見えたのはやっぱり閉じた扉だけだった。
バイクを走らせて、泥門から段々と遠ざかる葉柱。制服の胸ポケットに、ケータイがあるのを確かめながら思う。
あ、そろそろ電池切れる。帰ったらすぐ充電しとかねぇと。だってまた呼びつけられるから。そしてあいつの気が向いたら、また夢みてぇなイイ思い、さして貰えそうだし。
そうだ。家にも、滅多にいかねぇ教室にも、勿論、部室にも、一個ずつ充電機、置いとけばいいかな。電池切れなんかで、呼ばれたのに、気付かなかったりしたら困る。
明日、充電機と一緒に、電池パックも一個、予備を買っとこう。
二個買っとこうか、そんな高いもんでもねぇし。
ていうか、ケータイ、ヒル魔専用のを一つ用意しとけば、ますますいいんじゃね? その方が電池も減らねぇし? それ、いい考えだ。
物好き? 変態?
どうとでも言えばいいだろう。どうせその通りだしそれで結構。
賊学ヘッドの葉柱類は、十時になったらケータイ屋に急ぐ。
ヒル魔専用ケータイと、電池パックと充電機を買いに行く。
終
何だか、随分とあっさりと終わってしまった気がします。でも途中がかなり「ねっとり」だったから、まあいいか(良くはないぞ)。
結局、うちの葉柱さんはヒル魔さんにベタ惚れ。ヒル魔さんは冷たい態度の癖に、かなり彼を気遣っている?様子…だと思うけど、気のせいなんですか?(聞くな)
こっから先の二人は、多分、前、後編とか全三話とかで。じわりじわりと進展させたり、たまに後退させたりしていく予定。でもいうコト聞かないヒル魔さんがいるので、予定は未定。
ガガーーーッ、と進展するかも知れないし、ズザサァーと後退するかも知れなくて、書いてる気分は黒ヒゲ危○一髪。よく判らない例えでごめんなさい。
はい! てな訳で、ヴォイス書きあがりました。こんなんなのに、これまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。次はどんなのがいいですかぃ?
07/03/28