その足元は、尖った石もごろごろ混じった砂。のろのろと、今にも転びそうな歩き方で、黙って放っておける訳がない。半端に手を差し伸べかけながら、葉柱は彼の後ろを歩く。
「なぁ、オンブしてやろうか?」
「うるせぇ」
「肩貸してもいーけど」
「いらねぇよ」
「じゃあ、抱っこしてやっても…」
「……」
「おい、って」
「ぶち殺すぞ、糞奴隷」
これだけやり取りしながら、やっとヒル魔は洞窟の出るところに来たばかり。外に出て、彼は不意に立ち止まった。葉柱もおそるおそる隣にきて、そして気付く。
海に、夕日が沈んでいこうとしていた。
少し曇った空。その薄曇りの雲の向こうに、ぼんやり、滲むような夕日が、ゆっくりと落ちていく。見えるものの全部が、くすんだオレンジ色に染まって、ヒル魔はそれを見ていたのだ。
「…すげ、キレーだな…。な?」
せっかく、こんな夕日を一緒に見れたのに、ヒル魔はやっぱり返事もしない。淋しくなってしまいながら、葉柱がずっと夕日ばかり見てたら、次にヒル魔の方を見た時、そこには誰もいない。
「え? ちょ…っ、おい、どこいった、ヒル魔っ?」
あの怪我した足で、一人でどんどん行っちまったのかと、葉柱は慌てた。だから、怪我させたくねぇってのに、なんであいつは、無茶苦茶やりたがるんだ、と、冷や汗まで出てくる。
殆ど視界を遮るもののない、砂浜と海の何処にも、彼の姿はどこにもない。ぐるりと見回して、真後ろを見たら、なんでかヒル魔は洞窟の奥の方に戻って、さっきの場所に座ってた。
「て、てめ…っ、心配ばっかかけんなっ!」
思わず叫んだ葉柱の声に、相変わらず、憎たらしい言い方のヒル魔の返事。
「心配してくれ、なんて頼んでねーだろ」
でも、その言い方に葉柱がムカつく前に、彼はヒル魔が少し、笑ってるのに気付いた。たまにしか見せない笑い方。それも絶対、二人の時しかしない顔で。
引き寄せられるように近付いて、葉柱は酷く間近からヒル魔を見下ろす。何も言われないのに、少し顔を寄せると、自分の影でヒル魔の顔がよく見えなくなった。
細い手が伸びてきて、葉柱の首筋をやんわりと撫でる。睫毛の長い、ヒル魔の目だけが、酷くよく見えた。その目に、射竦められてるみたいに、体が動かない。心臓がバクバクいってる。
こんなとこで、そんなこと、してきていいのか? 今、あおられっと、間違いなく止まらなくなりそうで、俺、マジ、ヤバイってのに。
「鈍すぎだろ? てめぇ。いい加減、最初に気付くようになれねぇのかよ。…ハバシラ」
最初? 最初ってなに。
さっき、ハバシラって呼んだ時のこと?
そんなの、意味判んねぇから、俺。
頼むよ、ヒル魔、今度から俺にも理解できるように言ってくれ。
キス、していーってこと?
腕ん中に捕まえても、今は怒んねぇ?
なぁ、ヒル魔…。なぁ…
言いたい事は沢山あったけれど、今はそれを言ってる場合じゃなかった。何かを言う為の、葉柱の唇も舌も、別の大事な用で忙しい。腕も塞がってる。体全部、ヒル魔を感じるので精一杯。
腕を掴んで、引き寄せて抱いた。
腕と胸で作った狭い場所に、大事にきつく、ヒル魔を閉じ込める。その場所は狭ければ狭いほどいいから、つい腕に力が入った。少し苦しそうにして、喉を逸らすヒル魔の顔に、理性なんかすぐ飛びそうだ。
キスして、舌絡めて、ヒル魔の柔らかい舌を吸って。
首筋に唇押し当てながら、荒くて浅い息を吐く。
もう止まらないのが判ってても、一応、聞くだけ聞いてみる。
「なあ? いーの、ヒル魔。マジでこんなとこで…。誰か…人、来たらやべぇんじゃね? それに、その…岩だし、痛くねぇ?」
「いい」
ヒル魔は抱き締められたままで、凄く短く、それだけ返事をする。それから、つらつらと、当たり前のように言葉を並べた。
「道路からこっちは見えねぇし、暗くなっちまったら、ここにはもう誰も来ねぇんだ。そっちの砂だけのとこに、てめぇの長ラン敷きゃ、痛くねぇだろ」
「じゃあさ、足の怪我は…。ん…!」
「…るせぇ」
ヒル魔からのキス一つで、葉柱はもう、何も考えられなくなる。ただ命じられた通りに、白い長ランを砂の上に敷く。
日が落ちてどんどん暗くなるのに、ずっと抱いてる間中、ヒル魔の体は白くて綺麗に見えた。その目が自分だけを見て、その体が自分だけを感じてるのが判る。
波音に混じって聞こえる、細くて微かな嬌声が、何度も、何度も。仰け反る体の形も、あんまり淫らで、見てるだけでも葉柱の理性は、粉々のばらばら。
乱れる髪も、細い指も、零れる息遣いも全部、愛し過ぎて食べちまいたくなる。こんなに憎たらしい悪魔なのに。
一夜を過ごして、やがて海には朝がくる。
葉柱の腕の中では、ヒル魔はぐっすり眠っていた。
悪魔で、自分をこき使う主人の、酷ぇヤツ。その整った寝顔を見ながら、葉柱は泣きたいような気持ちになっていた。
やっぱ、凄ぇ好きだ、狂っちまいそうなくらい…
そう、彼は思う。
近付いてきたり、遠ざかったり
見てても冷たそうで、触ったらやっぱり冷たくて
大嫌いでも、あんまり綺麗で
迂闊に踏み込んだ自分はもう
この先ずっと、溺れ続けるしかなくて…
くせぇかもしんねぇけど
お前って、波みてぇ
俺を溺れさせて苦しめる
海の波みてぇだ
でも、それでいい
ずうっと、この先、死ぬまで…
俺はこいつの奴隷で構わねぇと
心底、本気で思うから
終
なんかね、これを書いていて、ラストシーンで思ったことが、二つ。
「こ、これはくさいっ」
「え? これってまるで、ルイヒルのエンディングみたいじゃない?」
くさい、は、さておき…。エンディングみたいってのは、なんか思ってて淋しい感じでした。もうルイヒル、書かないよ〜みたいで。あっ、もちろん、書きますよ。まだまだ沢山、書くと思います。
これからも、読んでくださる方には、さらにさらーにっ長くお付き合い頂きたいっ。
溺れっぱなしのルイ、大好きです。実はルイに惚れてて、寄りかかってるヒル魔も大好きだから。ってか、惑い星さー。ルイヒルでHシーン、まともに書いたことないじゃないですか? それもあるんで、まだまだ書きたいことだらけよ。
今回は、ルイにたまには、イイ思いをさせましょうって趣向で書きました。いかがかしらん? Hシーンも書けばいかったかしら? それはまた今度ね〜。
06/10/29
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お前は海の波のよう 3