『 たとえ貴方が狼でも…  』


 真っ暗になったグランドの傍を、瀬那は一人で歩いている。遠い街灯に照れされ、長く伸びる自分の影を、踏みしめるようにして。

 グランドへと下りるコンクリートの階段の一番下に、丸くて大きな塊が見えて、それが誰なのか、瀬那にはすぐに判った。階段を下りようとして、あっという間に彼がバランスを崩すと、慌てて立ち上がった栗田が、両腕を広げて抱きとめてくれる。

「危な…っ」
「あはは、は…っ、すみません、栗田さん」

 あんまりいつも通りな瀬那の笑顔に、栗田はつられて笑ったが、その顔はすぐに、怯えたように強張った。瀬那を支えた大きな手が、ガクガクと震えている。怖くて堪らないというように。

「あ、あのね、セナくん…っ」
「いいんです」

 静かな声で、瀬那は言った。栗田の目にうつる瀬那の顔は、微笑を浮かべている。

「全然、怒ってなんかいないし、酷いとか、あんまりだとか、思ってないですよ、僕」
「……どう…して…?」

 まだ怯えの色を見せながら、栗田は彼を見つめている。そんな視線の前で瀬那は微笑んでいた。今までで一番優しい顔で、嬉しそうな顔で微笑んでいるのだ。

 瀬那は栗田の隣に座って、ちょっと辛そうに片膝を抱え、遠くで闇に溶けかけているエンドゾーンを眺めた。

「どうして、って言われると、困っちゃうんですけど…。嫌じゃなかった…から、かなぁ」

 栗田が目を見張って、瀬那を見る。その視線に気付いて、瀬那は本当に困ったように、ちょっと自分の膝の上に顎を乗せ、ギリギリ聞こえるくらいの、精一杯小さな声で言った。

「だって僕、蛭魔さんが…好きみたいなんですよ…」

 それから彼は、上を見上げて、空に散りばめられた星を見る。何かを吹っ切るように、彼は清々しいまでの笑みになり、さらに言った。

「今日まで…、こんなことになるまで、全然、自分の気持ちに気付かなかったけど、僕、蛭魔さんが好きです。それはもう、色んな意味で、本当に好きです」

 蛭魔が誰とどんなことをしていようと、他の誰かにも、自分にしたようなことをしていようと、そんな事は関係ない。そう思えるくらい、好きだ。

 狼みたいな鋭い牙で、あんなに何度も噛み付かれたけれど、傷つけられたその事よりも、最後に見えた優しさの方が、強く心に刻まれている。

 蛭魔の中に、誰かにあんなふうにしたい衝動があって、自分がその対象になれたのなら、寧ろそれを幸せに思う。それほど好きになってしまった。

 瀬那は、また辛そうな顔をしながら立ち上がって、少し栗田から離れ、そして振り向いて呟く。

「なんかライバルとか、沢山いそうだなぁ。栗田さん…とか」

 判っちゃいました、そうなんでしょ、と言いたげに、瀬那は微笑を深める。

「セ、セナくん…」

 栗田はそれだけしか言えずに黙った。何も言えず、ただ傍らにいる自分の想いを、今まで誰にも気付かれなかったから、少し驚いた。その気持ちを知っているのは、今までただ一人だったのだ。

 蛭魔は気付いている…。知っていて、受け止めもせず、嫌がりもせず、黙って傍にいさせてくれる。

「蛭魔は…」

 どう言えばいいのか、判らないままで口を開くと、栗田の言葉を遮るように、瀬那は言うのだ。

「アメフト、やめないでって言いましたよね? それに、蛭魔さんの事、嫌いにならないで…って。全然…もう、ぜんっぜん、大丈夫ですから」

 満面の笑みを浮かべて、瀬那は言い放った。栗田の傍に戻ってきて、甘える子供のように彼の体に寄り掛かり、今度は静かに、彼は呟く。

「僕、アメフト、大好きです。栗田さんがアメフトに出会わせてくれて、蛭魔さんが、こんな僕にも取り得があるって教えてくれた。そして必要だって思ってくれてて…。だから、大丈夫です。蛭魔さんのことも、栗田さんのことも、他のみんなのことも、ずっとずっと大好きです」

 もう、帰らなきゃ、と瀬那は言った。明日も朝練があるから、帰って寝なきゃ、と。まだ幾らか脚を引きずりながら、それでも軽く駆け出して、途中で振り返っては手を振って、瀬那は帰って行った。

「セナくん…」

 言おうとして言えなかった言葉が、栗田の心の中でくるくると回っていた。

『蛭魔は本当は、臆病だから。
 だから、セナくんがいなくなったら困ると思うからこそ、試すためにこんな事をしたんだよ。こんな酷いことをして、それでもアメフトを続けるセナくんを見て、安心したいから。

 今でも、何度かこんな事があって、その時は、みんな逃げ出してしまった。逃げ出した人たちの背中を見ながら、蛭魔が見せる目を、もう見たくないから。

 どうかセナくん、アメフトを続けて欲しいんだ。蛭魔を嫌わないで欲しいんだ。無理なお願いだとは思うけど』

 その言葉の一つも、瀬那には必要なかった。あの明るい笑顔を、その声を思い出しながら、いつの間にか滲んだ涙を、栗田は大きな手で拭った。

「僕も好きだよ、蛭魔。アメフトと蛭魔とムサシとセナくんと、他のみんなの事が、ずっとずっと、好きだよ」

 蛭魔も、こんな事をしないで、そう言えばいいのに。
 栗田は思う。
 そうしたら、きっともっとうまくいくだろうに。

 けれど、一度仲間を失って、臆病になった狼には、そんな言葉は似合わない。ただただ食らいつき、その牙で噛み付くことで、これからも何かを成していくしかないのだろう。

「大丈夫だよ、蛭魔、それでもみんな、きっとついて行くからね」

 栗田は時計を見て、もう早朝に向う時刻に気付くと、慌てた顔で家へと走り始めた。朝練の時間に遅刻などしたら、どんな罰が下されるか判ったものじゃない。

 淋しい顔を隠した狼は、いつだって容赦がないのだから。


                                   終












 長かったような、短かったような…。いやぁ、やっぱ短いか? Hシーン、途中ちょこっとハショリましたからねぇ。えーーと、書いてみた感想として…。

 うん、当初想像していたよりもヒル魔さんが優しく書けちゃって、その分、そんなにとんでもない内容でもなくなった気がします。
 わーん、こんな話書いて、ヒルセナファンの人にも、それ以外の人にも、怒られるぅ…と思ってビビッていたんだけどな。え? やっぱ、怒ってる? そ、そうか。すみません。
 
 ラストに近付くにしたがって、予定とは軌道がずれたようで、実際、困ってしまってました。ははは。予定立てずに見切り発車はよくないです。でもやめられないです。こんな私でゴメンなさい。いつかリベンジしたいな…と言わせてください。

 ともあれ、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

 さーて、次のアイシはルイ×ヒルです。妄想、ちょっとストップしていたので、最初から妄想をしなおす時間を下さい。ヒルセナを読みに来て下さっていた方は、もしかしたら興味ないかもしれませんけれども…。

 ヒル魔さんに、受、攻、両方させたい私って…もしかして、駄目ですか〜?


06/07/12



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