TURN OVER 4




 朝だ。こんな時だってのに、眠ったのか。それとも呆然としていたのか判らなかった。外を続けざまの車の走行音がしている。倉庫の中にそれは反響して、ずっと聞こえてた互いの息遣いがもう聞こえない。

「おい、このあとのこと、考えてんの、てめぇ」

 そう言ったのは勿論ヒル魔。考えてるわけなくて、呆然と首を振ったのは俺。素っ裸で腕にヒル魔を抱いて、そのヒル魔だって、俺の長ラン肌に巻きつけただけの困ったカッコで。

「はぁ…。ほんっと、馬鹿としか言いようがねー…」

 疲れたように言ったヒル魔の声は、殆どかすれてた。でも、一晩中叫んで、終いにゃ声も出なくなってたわり、ちゃんと声が声になってる。そういう時に回復しやすくなる方法もあるんだって、教えてくれたのはずっと後の事だけど。

「ここの奥の一角、某大手百貨店の倉庫。服の在庫も多分あんだろ。おら、さっさと行って探してこい」

 まるで用意してあったような解決策に、顎が落ちて舌がはみ出る。間抜けだっただろう俺の顔見て、ほんの僅か、お前笑った。どっかに打った後で頬に小さく痣があるし、顎には擦り傷、髪はグシャグシャ。なのに綺麗で、また惚れ直す。

 裸のまんまでふらっと立ち上がって、言わた通りに服を探し出して来る。細身のジーンズにTシャツ。それを差し出した後で、俺、改めてヒル魔の前の膝を付いた。謝って、許して貰えるもんならば、こんななんも入ってねぇ頭なんか、何回地面に付いたって構わねぇって。

「お、俺…、俺っ」
「もういい、聞き飽きた」
「ほんとに…っ、俺…」
「好きだってんだろう…。毎日会うたびでけぇ声で、言ってるのとおんなじだったぜ。会ってる間中、目ぇ、こっちに釘付けで。…本気でゴーカンされっとは思わなかったけど、な」

 言葉を切って、はぁ…と派手に溜息、俺の長ラン両肩からずり落として、両手広げて肩すくめて。

「手ぇ出しやすいよーに、毎日煽ってやってたのに、も少し穏やかにできねーのかよ…って」
「え…。おま…」

 初めて、だったよな…? 違うの?

 って、それ、きっと言っちゃいけねーことなんだろうって、さすがの俺も判った。女相手でも男相手でも、百戦錬磨。強姦されたのだって別に大したことなくて。せいぜいちょっと野良犬に噛み付かれた程度なんだぜ、ってさ。

 お前の演じたい姿がそうなんだろう。それに気付かねぇで振り回される相手が、今までの俺を含めた全員だったんだろう。でも、判っちまったらこんな結末。だけどそこがまた、意外で、困ったことに可愛くて。

 今だって勿論、無茶苦茶に犯してた時の、泣き声上げてた姿、目に焼き付いてる。零れた涙。今だって隠し切れてない赤い目。埃まみれの白い肌。それで、つい一言だけ言った。

「その…。か、体、平気?」
「………っ!?」

 言った途端、ヒル魔を飛び跳ねるように立ち上がった。長ラン放り出して、素っ裸の白い体曝け出して。こいつの次の試合は、今日明日のことじゃねぇけど、少し脚をひねってたって、軽く手首をやってたって、小さなことが全部命取り。

 青くなって、手首、臂、肩、足首、膝、動かしてみてる間の真剣な顔ったら…。ついさっき、自分を無理に強姦した俺の目の前で、全部を曝して見せてることも、気付いてない慌てぶりだった。

 股関節がぎすぎす、ちょっと動かすたびに痛くて、地面に尻を落として太腿開いたり閉じたりすんのは、ちょっと…直視出来ない光景だ。

「い…て…っ、脚…」
「…あー、その…。多分、だいじょぶ、変な体位とかさせてねーし。そりゃ、ちょっと無理に開かせたかもしんねーけど。ちゃんと動いてるみてぇだぜ?」

 言ってやれば、あからさまにほっとして。またほんの少し口元に安堵の笑みが出てる。ガキらしくねーって、こいつに弱み握られてる奴らがよく言ってるけど、実はガキっぽすぎるとこもあるんだなんて、俺だけが知っていたいことの一つ。

 見た目、ちょっと…凄いけどな…。

 つい思ったのは、赤いまだらみてぇになってる内股の跡のこと。舐めてしゃぶって吸い付いた、すげぇ愛撫の跡ばっかりは、十日やそこらじゃ消えねぇだろうな、って、そう思う俺も意外と冷静なんじゃね?

 ぼうっとなってる俺の目の前で、ヒル魔はさっさと服を着て、出来うる限りに髪も整えて顔も拭いて。

「帰る」
「あ、う、うん…お、送って…っていいの?」

 てめぇなんかのバイクにゃ二度と!って言われることも覚悟した。怒ってない筈もなくて、金輪際呼ばれることも無いかもしれないって、胸が痛む。ヒル魔無しの毎日じゃ、俺はきっと餓えて死んじまうけど。

「たりめーだ、てめぇ」
「判った。で、どこ連れてきゃいーの、家?」
「……あぁ、家、だな。つーか、部屋」

 ヒル魔の住んでるとこなんか知らねぇ。大体こいつは謎だらけだ。家族って言葉が似合わねぇなんて、それは寂しいことだと思うから、突っ込んで聞けなくて、ただただ、急いで服を集めて着ながら、立って待ってるヒル魔の横顔を盗み見る。

「ど、どのへん? 部屋って」
「……泥門駅過ぎて、隣の駅の手前の、自動車工場の傍」
「へ、へぇー。そーなんだ、俺の借りてる部屋に意外と近…」
「てめぇの部屋に連れてけっつってんだ」
「あぁ、わか…。って、ええっ!」
「…さっきから、てめぇ、間抜け面ばっかなのな」

 くく…っ。て、ヒル魔は笑った。笑いながら倉庫の出口に歩こうとしてよろめいた。伸ばした長ぇ腕で捕まえて支えた。不恰好な支え方した、その俺の手首に、お前の唇が、わざと触れた気がしたんだ。

 倉庫の重てぇ扉を、二人して手ぇ添えて開く。煩せぇ車の音が耳に入ってくる。ちょっと離れた向こうに、一晩転がされてた俺のゼファーが、朝の日差しをボディに反射させてたんだ。夢なんかじゃ、ねぇんだな。そう思った。

 夢じゃぁない、次の道が、
 始まって、欲しいと、強く願ったんだ。
 その願いを込めて、俺は言った。

 情けねぇけど、声は震えてた。

「…そのうち、奴隷から恋人にして、っつったら、お前、笑う?」
「話になんねぇ」

 はっ、と笑ってヒル魔は言った。だけどゼファーの後ろに乗った後、俺の背中に頬つけて、わりにはっきり言ったんだ。

「…賊学ヘッドが笑わすんじゃねーよ。どうせ言うなら、そのうち、とか言ってんじゃねー。今日から、くらいのでけぇ口叩いてみやがれ」
「…じゃ、じゃあ、今日…から!」
「ははっ、マジで言ったもんだ。そういうの、嫌いじゃねーし…っ」

 バウン! エンジン音が跳ねる。浮かれてのぼせた俺。右って言われたのに、思いっきり左にハンドル切って、どやされる前にゼファーは強引に、真逆の方向へ加速する。


 TURN OVER

 道の終わりへ行き着いて、ここで終わりかと思った。

 そしたらそこで全部がひっくり返って、

 その先へと続く道が、また始まるんだ。

 想像もしてなかった未来。きっと予測なんか、

 これから先も、追いつかねぇ…!
 
 だけどそれだけがたった一個の願いだから、
 
 これから先も、お前の横を走らせて。




 終




















 書きあがってしまいました。久々のアイシ連載「TURN OVER」。なんとなく、気分はしんみり…です。原作も終わって、とうとう最後のコミックスを、昨日やっと読み終わりました。二人は永遠なんだよね!って、叫びたい気持ちたっぷりだけど、私ね、一緒に走る人がいなくて寂しいのさー。

 もしも惑い星の書くアイシが、こんなのでもまだ読みたいのよ!って方がいらっしゃいましたら、こーゆーのが…って要望を、こっそり耳打ちしてくださいね。頑張ってみたい気持ちもありますから!

 読んで下さった方、ありがとうございましたっ。
    

091020