高 窓 エ ロ ス
バチ…ッ
部屋の何処からかそんな音がして、いきなり室内は真っ暗闇。ヒル魔はカタカタカタタと撃っていたキー音を、そのまま数十回止めずに続けて、そのあと、チッ、と派手に舌打ちした。パタ、とノートを閉じると、部屋は尚更真っ暗になる。
あー、びっくり、幾ら目がいいからって、暗闇でもフツーに見えんのかと思って、ちょっとビビってた。
「なに、停電」
「……糞奴隷。停電ならPCも飛ぶだろ、ちったぁ脳みそ、動かせ」
そういやヒル魔のノートのディスプレイは普通に画面を表示したまんまだし、部室の片隅のビデオも冷蔵庫も、みんなちゃんと動いてる。じゃあなに、ブレーカー落ちた…ら、やっぱ全部消えるだろうし、あ、じゃあどっか配線イカレたのか。
やっと答えを思いついて、俺は暗がりの中、椅子に座ったまんまで腕を泳がせる。すると両腕が細い体に辿り着いて、思わず抱き寄せようとしたら、固ってぇ尖ったもんで頭殴られた。ゴッ、て容赦ない音がする。何も臂で殴らなくても。
「邪魔くせぇ、ちょっと退いてろ。…ったく、もう少しでデータ整理、終わるとこだったのに」
見えたのは長方形の、結構明るい光。ヒル魔が手に持ってるケータイ。そっか、と思って自分のケータイを開く。二つの灯りで少しはあたりがよく見えて、次にヒル魔は懐中電灯を見つけてきて灯した。
扇形の灯りが広範囲を照らして、ヒル魔が部屋中の電化製品を眺め回しているのが判る。
「あれとあれ、それにあっちか。なるほどな」
苛立った声でそう言っているが、何がなるほどなんだかさっぱりだ。それでも灯りが必要なのは確かだろうから、怒られそうに思いながらもそっと提案してみる。
「校門からバイク取ってきて、ライトで部屋ん中照らそうか?」
「……いらねー。外、雨降ってんだろうが」
俺の体を気遣って、と一瞬思ったけど。
「照らすのにドア開けといたら部屋がカビる」
梅雨時だもんな。大袈裟じゃなく、マジでカビるかもしんないけどな。がっくりしてると、ちらりと視線をくれてヒル魔は俺にこう命じた。
「てめぇ、そっちの壁んとこで台になれ」
「へ?」
「天井裏の配線見なきゃなんねーんだよ、さっさと台になりやがれッ」
「あぁ、うん。…こう?」
つまり踏み台代わりになれと。その程度で傷つくプライドなんか、ヒル魔を相手に持ってやしない。言われた通りの場所へ行って、床に四肢をついて台になる。
「馬鹿か。それじゃ机より低いだろうが。肩車しろ、肩車」
「…ごもっとも。肩車な」
ちょこっと姿勢を変えて、それでも肩の位置低くして待てば、ヒル魔は俺のうなじを跨ぎこして、その細い足で彼の首を挟むように立つと、まるで馬の首でも叩くように、ぽんぽんと右の肩を叩いた。
「立つぜ。…っよっこら」
「…もうちょい、右。ちょい前。オーライ」
うっわ、軽っっ。でも口に出したら蹴られそう。
ヒル魔のバランス感覚は並外れてる。危なげなく重心を移動して、立ち上がった俺の肩の上で天井に片手をついて、天井裏への四角いパネルを外して横へずらしていた。
その華奢な指にはいつの間にか、いろいろさまざま七つ道具。実際は七つまで無い、ラジオペンチにニッパ、ドライバー、ビニールテープ、ペンライト…など。
「時間ねぇからって、業者に頼んだのがまずったな。配線、下手っくそなやり方してやがって…。あぁ、ここか…。いや…」
違うな。くそ、見えねぇ。とかなんとか口の中で悪態ついて、次にはややこしい指示をくれる。
「左四十八度」
「はぁ?」
「…こっち側、ちょっと体回せっつってんだ、ひだりひだり」
「あぁ、判った。こう…か?」
「もうちょい。そうそう。そのへん」
ぐら、と揺れたヒル魔の体。落ちそうなのかと気遣って、両方の膝に腕を絡めて押さえた。自動的に体がますます密着して、ヒル魔の股間が俺のうなじに押し付けられる。
うわぁ…たまんね。勘弁して欲しい。
俺の首に何押し付けてるか判ってんの、このヒト。
ヤベぇんだって。
あー…。まだ直んねぇのかよ、配線…っ。
「葉柱」
「ん、何」
「天井、見えっか? 開いたパネルから垂れ下がってる線、見ろ」
「…すっげぇ無理」
だってヒル魔が肩に跨ってんだぜ? 上向いたらお前、落っこちると思うけどな。そう思って無理だと言ったのに、ヒル魔はいきなり器用に体の位置をずらして、俺の左の肩だけに跨る姿勢になっちまう。
「えっ、なに、おい…ッ、わ…っ」
ほんとにいきなりだったから、本気でヒル魔のこと、落とすとこだった。なんとかバランスとって体を横に傾けて、俺は片方の肩でヒル魔のことを、ややこしい肩車で乗っけてる。
まぁな、ヒル魔の肩から上は、天井裏の方に入ってるから、パネル下に垂れ下がった配線なんか見れる筈がねぇのは判るんだ。でもムチャクチャだよな。それでも言うこと聞いてる俺も、相当なもんだとは思う。
「…垂れてるのは黒の線と、黄色の線。黒のにはsoonyって書いてんぞ。あ、黄色の方、一部、捻れて折れてて…なんか断線してそ」
「これな」
「うん。な、なぁ、感電すんなよ」
「するかよ、んなミス。ちゃんとさっきブレーカー落としといた」
教えてやった黄色の線が、ヒル魔の手によってするするとパネルの中に引っ張り込まれる。それからゴソゴソ、ゴソゴソと何かやってると思ったら、どうやらもう直ったらしい。白くて華奢な細い手が、七つ道具持ったまま自分の尻ポケットへと下りて、そこへ道具を押し込んでる。
「終わった。下せ」
「はいはい」
と、ゆっくり体を屈めようとしたら、ヒル魔の乗ってるのが片方の肩にだけだったから、俺はいきなりバランスを崩した。おわ、と一声呻いたまんま、斜め後ろに倒れ掛かって、なんとか彼は壁に手を付く。
「ご、ごめ…っ。だいじょぶ?」
「…じゃねぇ。せっかく閉めたパネル、ずれちまった。もっかいちゃんと立て、おら」
ホントに人使いの荒いご主人だことで。でも怒り出す気なんかなくて、逆に自分が役に立ってるのが、なんとなく気持ちイイときたもんだ。奴隷根性もここまでくれば立派なもん。
「おう。オッケ。完了。今度こそ下せ」
「ん」
バランス崩さないように、ゆっくりゆっくり、ゆっくりと。じわじわ屈んでいる最中、ほんの僅か、聞こえた声につい耳をデカくしてしまう。
「…ぅ、…ぁ…」
「どしたの?」
って。今のは明らかに欲情した湿った声。うわぁ。マジやべぇ。とか思った途端にまた足がもつれて。…ど…っ、て。肩に掛かってたヒル魔の重みが、半分くらい軽くなった。心配しまくって急いで見れば、高いとこにある窓枠にヒル魔は背中をぶつけて痛そうにしてる。あー、怒鳴られるわ、確実。
「て、んめぇ…っ」
「ごめん。ごめんって、わざとじゃねぇし! あ、あ…あの…さ…」
顔が熱い。なんでっ…て。判んだろー。この情況で、首にアレ押し付けられたままで、ヒル魔のそんな声聞かされて。
「ヒル魔、提案、いい?」
「るせぇ」
「…ホ、ホテル…、いこ、か…?」
「るせぇ…っ。待てっか、そんなのッ」
「ヒル…、ん、ぐ…」
部室はまだ真っ暗。高いとこにある窓に、ヒル魔は腰を浅く乗っけて、手をその両脇に置いて…。アンバランス過ぎるそんな恰好で、俺の首を傍へと引き寄せた。伸ばした華奢な脚を少し開いて、その間に首を挟んで絡め取り、腕じゃなくて脚で抱き寄せる、そんな感じ。
「合わせたみてぇ…じゃねぇ? てめぇの背ぇと、この窓、と…」
上擦った声で言う言葉に、ホントだって、そう思った。ヒル魔に顔を引き寄せられて、そのまま近付くと、丁度あそこに顔が埋まる。あぁ、なんかすげぇあっちぃ。それに、けっこう固いんですけど。服越しのそれ、鼻の頭ですりすりってしてみる。
あ、って吐息混じりの声が聞こえた。やべぇ…やべぇ…こんなとこで、俺ら何する気? はぁはぁ言ってるヒル魔の声はだけど、俺の理性を一秒ごとに粉々にして、気付けば俺、両手でヒル魔のはいてるズボン、引き下しにかかってた。
「なんか、引っかかって…」
「工具だ工具…っ」
「あー、さっきの…な」
「…ぅ…それ、早く、取っちまって…。あっ、ぁ…」
ごそごそ、ごそごそ、ヒル魔のズボンの後ろポケットに手ぇ突っ込んで、一個ずつそれを取り出して、すぐ横の窓枠の上に並べる。それが終わるとヒル魔は、両手を窓枠に置いて、自分の腰をそこから浮かせ、物言いたげに俺を見るのだ。
は・や・く ぬ・が・せ・ろ
声にしない要求、言葉にしない欲望。俺は勿論命令に従う。ちょっと乱暴な仕草で、ヒル魔のズボンを引っ張って、さっさと裸に剥いちまう。そのつもりはなかったけど、下着まで半分もずれてきたみたいで。
暗がりの中。顔を寄せると、まだ触れてもいないのに、熱い湿度を感じた。エロいなあ、って、嬉しがっちまう俺もエロいんだけど。なんかコレ、変なプレイみてぇなのな。
だって、ヒル魔は俺の肩に両腿のっけて、しかもそれが肩車を丁度向かい合ってしてるみてぇな感じで、こんなんでエッチすんのって、あんましフツーとは思えないんですケド。フツーじゃないからって、やめる気、さらさらねぇけどさ。
ぱくり、くわえる。
舐める。しゃぶる。
聞こえるのはエロス全開な湿った音と、
可愛くて艶めかしい悲鳴と吐息。
震え上がる華奢な体は。バランスとりながらだからか、いつも以上に派手に腰を跳ね上げて、後ろのガラスに頭擦り付けるみたいに、ヒル魔は仰け反ってた。外の遠くの明かりに、時々金髪がゆらり光る。白い顎のラインが声上げるたび、ちらりと見えて、それを上目遣いに見ながら、しつこいくらいに舐めて吸って。
お前、イっちまう? このまんま。
いーけど、全部飲んじまうからさ。
問いかける口は塞がれてるから、俺の舌の先で、ヒル魔のアレの先をつついて、無言で質問。だけどギリギリだったらしくて、極まって嬌声上げて、イっちまう、ヒル魔。飲み下す、俺。
「すっきり、した?」
「…するかよ、馬鹿」
「あーそう、俺はもう…そりゃもう、大変だけど。も一回質問な。ホテル、行こ? 一番近くの。それとも俺の部屋?」
「……」
「このまんま、ここが、い?」
「……てめぇの部屋」
「オッケ。じゃ、行こ」
小さな子供を下してやるみてぇだ。脇の下に手ぇ入れて、ひょいと高い窓からヒル魔の体を持ち上げる。下半分だけヌードの、全裸よりエロい姿で、ヒル魔は俺にすがり付くように、抱きついて床に足を付け、でも、そこでよろりヨロめいた。
「……そんなヨかった?」
「…糞奴隷が」
「いっ、てっ!」
尖った臂で腹を抉られる。でもその後で、ヒル魔は喉を上げて、俺の唇に口を押し付けた。
「悪かねぇ」
「…精進します」
笑って言うと、ナイフみたいな目で睨んでくる。部室の明かりはもう点けない。そのまんま戸締りだけちゃんとして、俺とヒル魔はバイクの上。終わってなかった筈のデータ整理のことなんか、勿論俺は言い出さない。
イカれた配線に、ありがとう、とか、そっちは言いたい気分だった。
終
前肩車、なんていうキーワード?が、投票で一番になりましたので、それを元に書きました…。が! それがなんの為の投票だったのか、なんの記念だったのか、なんのお礼だったのか、もはや言い出せないくらいの月日が過ぎましたー。
もう言えないよ、とても言えないよ、今年二月二十六日の、サイト二周年記念の、皆様へのお礼のノベルだなんて。あ、言っちゃったー。殴。
そんなわけで、怒られそうですが、こんな僻地にアイシを見に来てくださる数少ない奇特な方々に捧げます。お持ち帰りもオーケーですが、長すぎるのでそれをする方はいないだろってなもんで。汗。
日頃の感謝を込めまして、これを読んでいる貴方へ捧げますv
08/07/21