sweet fruity floral … 3
ヒル魔はコーラを飲みながら、ちらりと壁の時計を見た。彼に怒鳴られて、葉柱が出掛けてから、もう三十分も過ぎてしまっている。
勿論、紅白はその間、色んな歌手が次々歌ってて、次の次は丁度葉柱が聞きたがってた、bone freeが歌う。苛々とテレビを見て、時計を見て、ヒル魔は傍らにおいてあった自分のケータイを、凄い勢いで引っ掴んだ。
「なにしてやがんだ、あんの糞奴隷。西口っつったのに、どこの駅の西口行ってやがる…ッ」
リダイヤルで葉柱のケータイを呼び出せば、ヒル魔のすぐ後ろのベッドの上から、布団に遮られながら篭った音で着信が鳴る。あの馬鹿、忘れていきやがって…。
確かに、ビール買いに行かせたのは嫌がらせだったけど。
ムチャクチャ感じる愛撫ばっかりされて、何回も喘いでイっちまったから、それにムカついてたんだ。でも、紅白でその歌手がいつ歌うか知ってたから、ちゃんと間に合う筈だったのに。
そうして葉柱が帰って来たのは、さらに十五分経ってからだった。腕にビールの入った袋を提げて、寒そうに鼻を赤くして。階段を走って上がってくる音も聞こえてた。そんなにその曲が聞きたかったんなら、録画しときゃいーだろーが、糞。
「悪ぃ…っ、西口の店でそのビール売り切れてて、同じ店の別の支店に行ってたんだ。これ、間違いねぇ?」
袋から一本取り出して、ヒル魔の頷くのを見て、葉柱は安堵の息を付く。テーブルにビールを並べて、冷やしといたグラスを出してやれば、ヒル魔は器用にベッドのパイプにフタを引っ掛け、慣れた感じで栓を抜いた。
「グラス、てめぇのも」
「えっ? 俺も飲んでいーの? 美味い?」
「不味いもんわざわざ買いに行かすかよ」
ヒル魔の斜め前に座って、葉柱はテーブルに肘を付く、彼の背中でテレビは消えてて、部屋は酷く静かだった。遠くを走る車の音が響いて聞こえる。
年が変わるまで、あと一時間と少し。ヒル魔と一緒に、自分の部屋で新年迎えられるなんて、ただそれだけのことで、凄く嬉しい。勿論、聞きたかった曲の事を忘れてるわけじゃなかった。でもきっともう、bone freeは歌っただろうし、二度と聞けないわけでもないし。
「乾杯」
「…何にだよ」
「うんと、何だろ。とにかく乾杯っ」
「ケッ、糞奴隷」
「へへへ」
俺とヒル魔がこうしていられることに乾杯! なんて、そんなの心の中でしか言えねぇし。今夜、ヒル魔もここで過ごすって本人の口から聞いて、それから三日ほど、嬉しくてあんまりよく眠れなくて、我ながらガキみてぇ。
「うぉ…っ、これ、マジ美味ぇ! なんだよ、もう二本しかねえのに。また買いにいってこようか。さっき行った店、夜中一時までやってるって行ってたし…っ」
「速攻、通報するぜ? 飲酒運転。新年早々、捕まりたかったら止めねぇけどな」
ケケケ、と笑うヒル魔の顔も、ほんのり赤くてなんか可愛い。また一緒に飲もうな、なんて、嬉しそうに言ってる葉柱の顔は、ヒル魔よりももっと赤い。寝不足の上、すきっ腹にビールだからだろう。
正月料理の蓋を開け、割り箸を出すのももどかしく、お互いに手を伸ばして摘むと、コンビニのの割にはいい味だ。酔いも回って、腹も膨れて、葉柱はテーブルの下に脚を伸ばしたままもぱたりと体を横にする。
その時、どっか遠くの寺の鐘が、ゴーンと音を鳴らすのが聞こえた。
「あ? 除夜の鐘? ヒル魔、明けましておめでとうっ」
「ばぁか、百七つ鳴り終えねぇと年は明けねぇよ。百八つ目は年が明けてから鳴んだ。知ってたか?」
「しらねぇ〜」
やっぱヒル魔は何でもよく知ってんなぁ、なんて、そんなことまで嬉しくて、葉柱はますます上機嫌。どうやら随分酔ってるらしく、その上かなり眠いらしい。放っておいたら寝てしまいそうだが、あえてヒル魔はそのまま彼を横にならせておく。
「……てめぇは、ちったぁ、煩悩減らしとけ」
さっきのベッドの上でのことを、不意に思い出して言ったのは、散々弄られてヒリヒリしている乳首が、シャツに擦れて痺れてるのを感じたからだった。
「ったく」
テーブルの下の葉柱の邪魔な足を、ゴツリと蹴って、ヒル魔は彼の様子を窺った。やっぱり眠っちまってる。
部屋は暖かいから、朝までこのままにしといても、風邪引く心配はないだろうが、年が明ける瞬間に、一緒に起きていられなかったことを、きっと葉柱はガッカリするだろう。
起こすか起こさないか少し迷って、葉柱の寝顔をじっと眺め、ヒル魔はそのあと、ゆっくりと葉柱の隣に体を横にした。
片手をそっと近づけて、床に広がった髪に触れて、薄く開いてる唇に触れて…。なんとなく、この一年のことを思い出す。
いっつもいっつも振り回され、ムカつくこと言われて怒鳴り散らされて、それでも忠実に傍にいて、飼い主大好きな犬みたいに、シッポ振りながら付き従ってたコイツ。これから先もきっとこのまま、うぜェくらいに主人思いな奴隷「1」。
今年もよろしく、とか、そーゆーこと言う関係じゃねーし。
明けまして? 余計ワケわかんねぇそんな挨拶。
一年間ありがとう、なんて万が一言ったら、言った口をゴミ箱に入れたくなるに決ってる。いや。言われた葉柱だって、自分の耳がイカレたかと思うだろ。
だけど心の隅の方で、なんだかもやもやと気持ちが突っかかって、どうにもこのままじゃ気に掛かる。イライラする手前みたいな感じで、暫く葉柱の髪を弄ってたヒル魔の唇から、いつのまにか柔らかく小さな声が零れ出してた。
いつだって babe お前だけ
ずっと 想って過ごすから
そのたった万分の一でいい
俺を感じて いてほしい
I … You …
運命だなんて そんなクサイこと言えないけど
俺のすべてよ お前の為にあれ
I You …
離れてても babe その背中
何度も目の中に浮かぶから
それが万分の一ならば
貴方はどれだけ 私を想う
I … You …
貴方を想うのは ほんの時々だけだけど
私のすべてが その時 貴方で埋められてる
I You …
*** *** ***
二日の朝。葉柱はヒル魔を駅まで連れてった。合宿で集まってるバッツのメンバーの中から、栗田とムサシを物陰まで引っ張って、彼は小声で二人に聞いた。
「な…なぁ、聞きてーんだけど。ヒル魔…って、歌、上手い?」
「歌…っ、ヒル魔が?! 歌なんか歌うのか、アイツ」
「え〜、どうだろう、僕は聞いたことないけど」
そうなんだ。一番長い付き合いの二人に聞いても、ヒル魔が歌うのなんか知らないってことは、やっぱりあれはタダの夢か。振り向いてみれば。ヒル魔はもうそろそろ動き出す電車に、もう乗ってしまおうとしてる。
ダメモトでその傍まで行って、葉柱は彼の腕を掴み、一言だけ聞いてみた。
「ヒ、ヒル魔。 I ・ You って歌知ってる? もしかして、こないだ紅白で聞いた??」
「知らねぇよ。なんだそれ。離せ…っ、このッ」
葉柱の手を振り払おうとしながら、明後日の方を向いちまうヒル魔の、尖った耳がちょっとだけ赤い。
「…いい曲だよな」
葉柱は笑って言って、掴んでたヒル魔の腕を離す。
いつだって babe お前だけ
ずっと 想って過ごすから
だから十日かそこら会えなくたって、ずっと想ってる。いつだって胸の中のお前の姿と、お前を想う俺の心は一緒。
電車の扉が閉じて、背中を向けたヒル魔の姿が、どんどん遠ざかって、見えなくなる。そのほんの一瞬前、くるりとこっちを振り向いて、硝子に手を置いたその綺麗な指も、ちょっと淋しそうに見えた目も、きっと見間違いじゃない。
葉柱はそう想って、大好きな曲を心の中で口ずさんだ。
そのたった万分の一でいい
俺を感じて いてほしい
I You …
終
時々、恥ずかしい話を書いちまった…って、そう思うときがありまする。今回がまさにそれ。歌の歌詞なんか入れるから〜。恥。あ、歌詞って言っても、勝手に私が作ったヘタレ歌詞ですけど。
しかも、紅白一緒に見れなかったよ、この二人。でも紅白(である必要はあんましなくても)がネタになったからいいか。笑。
ところで、この話の二人って、かなり仲が進展してますよね。それにお正月だの、合宿だのって…一体いつごろの話?! それは追求しないっつーお約束でお願いします。へこ。親密な二人が書けて満足なので、いーのよ。もう。ジタジタ。
このノベルはエチもかなり濃厚?ですが、書いてる私があんまエロスを感じないので、オレンジの☆でございます。どーでした? これ。読んだ方的には、ピンクの☆? 読んでくださりありがとうございますっ♪
08/01/09