Snow Slow Night
「く…っそ、なんだこの人混み…ッ」
「イブだからだろ。…てめぇ、知んねかったのかよ。橋んとこで九時からのイベント」
「あ、そうだ。今日ってイブか」
ワザとらしいって、思うなら思え。今日はこの道が混んでるって、知っててここ来たよ。イブでイベントがあるのも知ってたよ。
だって大分前から、橋の斜め下に、でっけぇモミの木が運び込まれてきて、覆いをつけたその中で、クリスマスの飾りつけしてるって、ニュースでだってやってたんだ。お前と同じアメフト馬鹿でも、テレビくらい見るし、この道だってよく通る。
葉柱は、そのイベントをヒル魔と二人で見たかったのだ。女々しいヤツだとかなんとか、あとでヒル魔に罵られたって、それでもどうしても見たかった。
だってクリスマスってのは、恋人同士のイベントだろ。恋人のフリしてる俺とヒル魔が、一緒に来てたっていいだろ。だけど、そんなタテマエを抜きにしても、今夜は好きな人と寄り添って過ごしたい夜なんだ。
「うぜぇ人混み」
「あぁ、うん、まぁ。そうだけど。でも、もうこっから抜け出すのも大変だから、つ、ついでに見てかね? ツリーに灯りが灯るとこ」
「ケ…ッ、女子どもかてめぇは」
冷たく言われて、葉柱は見るからにしょげ返る。
やっぱそんなの無理だよな。ヒル魔はそういうの、全然興味無さそうだし。時間の無駄だって吐き捨てるんだろ。これでもし、ヒル魔もツリーが見たいなんて思ってたとしたら、それこそ珍し過ぎて雪でも降ってきちまうよなぁ。
「…ぉ、わ…ッ」
葉柱がそこでいきなり奇声を発したのは、ゼファーが斜めにぐらりと揺れたからだ。後ろに横乗りしてるヒル魔が下りて、それで突然揺れたらしい。送らせてもくれねぇのか、一人で帰っちまうのかと、尚更がっかりした葉柱の目に、面倒臭そうに振り向いたヒル魔の顔が映る。
「ツリー、そこじゃ見えねぇだろ、さっさと来い」
「えっ!? お、おう…っ」
ほんとに雪が降るんじゃね? そうしたらホワイトクリスマス。寒くてもいいから降ればいい。
嬉しくて半分浮かれて、葉柱は懸命にゼファーを押して歩く。ヒル魔もどんどん先を歩いていく。
『通行止』
なんて。でっかく書いてあるプレートを横目に、さらにどんどん、どんどん歩く。
誘導員がヒル魔に何にも言わねぇのは、きっとまたそいつの弱みを握ってんのかな。だけど今は、そんなことどうでもよくて、勿論、俺もヒル魔についていく。
今日は橋は通行止めで、他の見物人はみんな、川の両脇から遠目にツリーを見るらしいのに、ヒル魔と俺だけは、まるで用意されてたような特等席。寒すぎるのだけは参るけど。
橋のほぼ真ん中で、ヒル魔はやっと足を止めた。薄手のコートを風に揺らして、寒さそうに肩を竦めながら、彼の見下ろす真下には、覆いの掛かった大きな木があるのだ。
「エンジン、かけろ。寒くてしょーがねぇ」
一瞬で意味が判って、葉柱はゼファーのエンジンを掛けた。爆音が空に鳴り響いて、目立つことこの上ないけど、気にする必要はない。だって主人の命令だから。
すぐに熱くなるエンジンの横、一番温かい場所を選んで、ヒル魔は地面に腰を下ろした。葉柱は自分が風除けになるように、その隣に同じように腰を下ろして寄り添う。
少しして、白い息を吐きながら、ヒル魔は苛々したように言った。
「寒ぃな。やっぱ下らねぇし、帰っか」
「…いや、もうちょっと。あと五分くらいできっと灯り点くし、折角来たんだし」
言いながら葉柱は、自分の着ている上着を脱いで、ヒル魔の体にかけようとする。
「いらねぇ。てめぇが風邪ひいたら俺に移るだろーが」
そういやそうか。送り迎えん時、バイクの上でいつも近付いてんだし、時々キスとかエッチもしてるもんな。そりゃ移るか。
考えてから葉柱は遅れて赤面する。今のこの状況も、バイクと自分の体とでヒル魔を閉じ込めてるみたいで、気付いたらなんだかドキドキしてきた。至近距離のヒル魔の顔は、遠い街明かりだけの薄暗がりの中でも、やっぱり綺麗で見惚れずにはいられない。
そのヒル魔の顔が、不意に真っ直ぐに葉柱を見た。キスでも欲しがるみたいなマジな顔で、ヒル魔は葉柱の方へ片手を伸ばす。そのまま葉柱の髪に触れて、白くて細い指で、彼の髪を軽く掻き乱した。
「な、なに…」
「てめぇ、髪、ほんと真っ黒だな」
「いや、染めてねーから」
「…雪」
葉柱の真っ黒な髪に落ちてきた雪は、この街に降る雪の、最初のひと粒かもしれない。
でも、その時いったい何を言われたのか、葉柱には判らなかった。聞き取れてはいたが、意味を掴むことが出来なかったのだ。だって、ヒル魔からのこんなキスは珍しくて、そっちで心の中が、もういっぱいになっていたから。
「ハバ…シラ…。もっと…温めろよ」
「…じ、じゃあ、も少し、こっち寄って」
傍に誰もいないのをいい事に、二人は痛いくらいきつく抱き合っている。降り出した雪を見る暇もなく、ツリーのライト点灯へのカウントダウンも微かにしか聞こえない。
そうしてその後、エンジン音よりも大きく、クラッカーの音が響いた。それを合図にするように、二人のいる周りが、一気に、ぱぁ…っと明るくなる。ツリーの覆いが外され、イルミネーションが輝きだしたのだ。
誰でも知っているクリスマスソングが流れていて、長いキスをやっと解いた二人は、どっちも少しずつ潤んだような瞳で、キラキラと輝くツリーの灯りを眺めた。
「その…さぁ、クリスマスプレゼントとか、なんか欲しいものあったら…」
勇気を振り絞って、葉柱はヒル魔の耳元でそう言った。くすぐったげに小さく首をすくめてから、ヒル魔はツリーから視線を外さずに、急にいつもの悪役の笑いを見せる。
「FNC90改良型」
「??? な、なに、それ」
「マシンガン」
聞くんじゃなかった。葉柱は盛大に溜息をついて項垂れた。そんな葉柱の横顔を、ヒル魔は笑いながら眺めて、また片手を彼の髪に伸ばしてくる。
雪はまだ降り続いていて、葉柱の髪の上に落ちてくる雪の粒が、一番目立っていて綺麗なのだ。葉柱はそんなヒル魔の手を捕まえて、恐る恐る顔を寄せて、もう一度キスをした。
「俺はこのキスでいいや」
クリスマスプレゼントはそれで充分。一緒にツリーが見れて、嬉しかったし、こんなふうに抱き合えて、幸せだったから。
「欲がねぇな…」
ヒル魔はそう言って、何故か酷く楽しそうに笑っていた。イブの夜ははまだ始まったぱかり。そうして、聖夜の時間は、ゆっくり、ゆっくりと流れていくのだった。
終
ラストのヒル魔さんの意味深なセリフと意味深な態度。このあと二人がどうなったのか、そこらへんからご自由に想像してみて下さい。振り回されつつも幸せな、イブの一夜になったんじゃないでしょうかねぇ。むふふふふふふふ。
というわけで、本当のイブにはまだ日がありますが、クリスマスノベルのアップでございます。
2007/12/11