シャンプー、リンス、そしてお前。
時々、っていうには、あんまり頻繁過ぎる度合いで、俺はここで待たされる。待っている間、暇つぶしに、泥門の校舎の窓の数なんかを数えている。
行き過ぎる人間達は、大抵、俺から目を逸らして、速足で過ぎていくが、デビルバッツの部員どもは、さすがにもう、俺がいるだけで震え上がったりはしねぇ。
不良三人組なんざ、見るからに馬鹿にしたような目をして、口元には笑いなんか貼り付かせて、ふふん…とばかりに目の前を通る。
ああ、笑いたきゃ笑えばいいだろう。どうせ俺は、ヒル魔の奴隷で、ヤツ専用のタクシーだよ。別に笑われたって構いやしねぇ。それは本当の事だし、それだけの報酬は貰ってる…んだろう…な?
思わず、疑問形になった思考にも、答えなんか出る筈がない。ハンドルの上に腕を組んで、ふと思う。待たされるのはよくあるけど、なんか…それにしたって、今日はあんまり遅くねぇ?
俺はバイクを門の影に移して、歩いてデビルバッツの部室へと向かう。部員どもはさっき全員、俺の前を通って行ったから、もういねぇのは判ってんだ。別に遠慮するこたねぇだろう。
行くと部室のドアは隙間だけ開いてた。開いてるって事は、ヒル魔はまだいる。ドアに指を引っ掛けて開いて、入って行くと奥から音が聞こえてきた。
水音。ってーか、これシャワーの音だよな。って事は、アイツ、今頃シャワー浴びてんのかよ。俺のこと散々待たせといて、信じらんねぇよ、ムカつく。
近付いていくと、二つあるシャワーブースの一つから、音と湯気が零れてた。カーテンは開いたままで、金髪と肩がちらちら見える。やっぱ、ヒル魔だ。今、浴び始めたばっかなら、まだ何分か俺は待たされんだろう。
壁際にあるベンチに座ろうとしたら、当たり前みたいに、ヒル魔の声が飛んできた。
「シャンプー」
「…はっ?」
「シャンプー取れっつったんだ。ドアの横の棚の、一番上。早くしろっ」
「ああ、判ったよ。棚の上な」
振り向きもしねぇで…。俺でも誰でも、こういうふうに命令してるんだろうから、相手なんかどうでもいいのか。言われた場所を見ると、デカいポンプのシャンプーがあった。
それを取って、シャワーブースに近付き、俺は陰の方から手を差し出し、それをヒル魔に渡してやる。手渡して、今度こそベンチに座ろうとしたら、今度は「リンス」だとかぬかしやがる。
「いっぺんに言いやがれ! おら、リンスっ!」
シャンプーん時と同じように、顔を横に向けたまま、ヤツの方に手を伸ばしたが、中々、それを受け取ってもらえなくて、段々と俺は焦れてくる。
あのな。裸でいるんだろーが、てめぇ。見てぇの我慢してんだから、さっさと済ませてさっさと服着てくれ、頼むから。
「おい」
「なんだよ…っ」
今度は石鹸か? ブラシか? パンツ取れとか言いやがったら、もう帰る。待っててやる気も洗いざらい失せちまう。ムカついて腹立てて、視線を下に彷徨わせてたら、ヒル魔の膝から下、裸足の脚が見えた。
そうしてその後ろに二本置いてある、シャンプーとリンスのボトル。しかもどっちも半分以上、ピンク色のが入ってて…。
「て、てめ…っ、シャンプーとか、あるんじゃねぇかっ。ならなんで、わざわざ取らせ」
ヒル魔は泡まみれの手から、丸くて黄色のものを落としやがった。どう考えてもわざとだ。その証拠にヤツは笑いの混じった声で、こう言ったんだ。
「拾えよ…ハバシラ…」
少し開いたヒル魔の足の間に、手のひらサイズの黄色のスポンジ。泡がたっぷりついたそれで、今まさに、体を洗っていやがったのか、俺の見ているヤツの足に、白い泡が伝っていた。
出しっぱなしのシャワーの水滴が、ヤツの肌で弾けて、俺の方にも飛び散ってくから、俺の長ランも段々と濡れてくる。 拾え? 膝付いて拾えってか? それで俺がプライド傷つけられたくなくて、怒り出すのとか期待してんのか?
生憎だぜ、ヒル魔、そんなカタチのプライドなんか、てめぇの奴隷やって一週間で、踏ん付けられて、擦り切れて、もう原型なんざ留めてねぇよ。
俺はヤツの望み通りに、濡れた床に膝をついて、スポンジに手を伸ばした。手が届いた途端、頭からシャワーの湯を掛けられて、俺は全身、ずぶ濡れの有り様。そりゃもう、頭から爪先まで。
「…今日はまた…ひでぇイジメだな。俺、なんかしたっけ…?」
怒りで頭が沸騰しかかるが、それより前に、濡れた髪を撫でられて、俺はゆっくり顔を上げる。目の前には、なんにも着てないヒル魔。ヒル魔のカラダ。ヒル魔の…。
折角手にしたスポンジを、シャワーブースの片隅に転がして、俺はヒル魔を見上げる。目の前には「それ」があるから、そればっか凝視するのも気が引けて、ヤケに遠くに見える、ヒル魔の顔を眺めた。
ヒル魔は笑ってやがるんだ。ずぶ濡れの俺の顔が、そんなオカシイかよ。それとも、まんまと策略に引っ掛かって、興奮してきちまってる俺が、そんなおもしれぇのか…?
しょうがねぇだろ。てめぇ、今、裸のカラダ、さらしてんだぞ。全部濡れてて、ところどころ白い泡をくっ付けて、変な気ぃ起こさねぇ方が変だっつーんだ。
狭いブースの後ろの壁に、ゆっくりとヒル魔は寄りかかる。脚を少し開いたまま、どこも隠そうとしねぇで。髪を捕まえられたままだった俺は引っ張られるように、床の上の両膝をずらして、そのまんま、それに顔を寄せた。
音なんかさせないで、そっとそれを、唇でかすめる。触ったかどうか、俺にだって判らねぇってくらい、マジでそぉっと。
むしゃぶりつきてぇけど、駄目だ。舌でたっぷり舐めて、口ん中に入れて味わいてぇけど、それも駄目だ。そんなことしたら、きっと蹴飛ばされる。熱湯ぶっかけられっかもしんねぇしな。
ご主人様は、最初は「そっと微かに」がお好みだから、心ん中の欲望は、鎖でギリギリ縛り付けて、羽毛に息を吹きかけるような、そんな気持ちで愛撫する。
軽く唇を尖らせて、それの先端に、もう一度キスをすると、ヒル魔は満足そうに、ぐしょ濡れの俺の髪を指で解いた。
いつもは尖った針みてぇなヤツの指が、こんな優しく髪を撫でてくれる…。それだけで、大層な「褒美」を貰った気がして、俺はこの先一か月分くらい満足しちまう。
ああ、そうだな。こりゃぁ「報酬」ってよりも「ご褒美」だな。従順で、物凄く役に立つ奴隷だけが貰える、最高の「ご褒美」。
口を離して顔を上げると、ヒル魔の肌に、幾つもの水滴が光って見えた。ただの水の雫なのに、こいつの肌にのってるってだけで、えらく綺麗に見えるんだ。
俺は唇をずらして、ヒル魔の白い脚にキスをする。そこで光る雫の幾つかを、舌で掬い取るように舐めた。ヒル魔の体がひくりと震えて、ヤツも何だか満足そう。
「ハバシラ…。ドア、鍵開いてんだろう。掛けてこい…」
上擦った声が、ぽつりとそう言った。
終
これまた旧、拍手ノベルでした。この前の拍手ノベルのタイトルを決めたときと違って、このタイトルは、ズバッと浮かびましたね。ちょっと可愛い感じのタイトルになって、満足満足。
服を着たままで、頭からシャワーを浴びてしまったハバシラさん、帰る時はどうするんでしょうかね。部室にある誰かの服を借りるんでしょうか。どうやって帰ったのかなど、エッチ後の二人が、今更ながらに気に掛かる私でした。
07/01/17→07/04/14再up