r e d s e x
             …   後




「殺される覚悟が出来てんなら、好きにすりゃいいだろう」
「…てめぇの傍についてる時点で、こっちはマジで、毎日殺されそーな気がすっけどな…っ」
「ふ…っ、ぅ…」

 苦く笑い返してそう言って、葉柱は体を無理に前へと屈めた。より深い場所を抉られて、ヒル魔が引き攣った声を、喉で無理に押し殺す。

 声を押さえた代わりに、その体の芯で、快楽が跳ね上がるのだろう。ヒル魔の体は緩く形を歪め、その肌の上に、葉柱の手のひらがゆっくりと這った。

 絶頂へと押し上げられそうで、思わずきつく閉じた目を、一瞬後にヒル魔は見開く。

 手首をきつく押さえつけられた、その手の甲に、不意に熱い滴り。見開いた目に映ったのは、赤く滴った雫の上に、唇をのせた葉柱の顔だった。

 長い舌が、ヒル魔の細い指をなぞる。舌で爪の先まで辿って、指の付け根を唇で挟むようにするその愛撫が、何かを大事に愛しむようで…思わず、視線が離せなくなった。

「てめぇはマジで、ホントの悪魔よりひでぇよ。いっつも、ギリギリまで焦らしてくれっから…」

 苦しそうな声で、葉柱が囁く。手の甲に何度も唇を触れさせて、柔らかいその肌を、啄ばむように彼は繰り返すのだ。ワルで不良な葉柱にも、狡くて悪魔なヒル魔にも、似合う筈のないそのキスが、まるで何か特別な儀式のようだ。

「な、に…していやが…」
「そーゆーてめぇの程度が、俺をこうまでキレさせんだ」

 悪態を吐こうとしていたヒル魔の唇に、葉柱の舌先が軽く掠めていく。それから後はもう、ヒル魔がどんなに喚こうが叫ぼうが、乱暴に腰を掴んで揺さぶられ、声が枯れそうになるくらい…。

「は…っ、はぁ…っ、ぁう…う」
「…ヒル魔…ヒル魔」
「も…いい加減…っ、ハバ、シラ…ッ」

 やっと名前を呼んでくれた、ヒル魔の声を聞きながら、葉柱は意識の底で思っていた。

 あれ? あんまり熱中し過ぎてんのかな…? なんか、くらくらする。頭も、ガンガン…さっきから痛ぇし……。あ、そういや、俺、血ぃ、どーしたろ? 背中がなんか、ぬるぬる…。

 その時、不意に目の前が暗くなって、葉柱の視界が暗転する。あんまり急なことだったから、その本人は何が起こったのか、判らないままだったのだ。


*** *** ***


「おいっ、この、糞奴隷が…っ! 目ぇ覚ませ」

 ああ、またなんか喚いてやがる、ヒル魔…。てめぇに殺される覚悟なんか、いつでも出来てっから、そう怒鳴るなよな。

 薄目を開けて見た視野で、何故かヒル魔はハサミを持っていた。ベッドの上には、なんか色々と広がってて、葉柱はぼんやりした頭で、馬鹿なことを考える。

 殺すって、俺、ハサミで殺されんの? 痛そーだな…。銃で一発じゃねぇのか。すっげぇ意外なんだけど。でもまぁ、殺される約束なんだから、ハサミでもしょうがねぇ。

「いつでもいいぜ…」
「何がだ、馬鹿」

 言葉と共に、背中に何か冷たいものが塗り付けられた。起き上がろうとしたのに、体に力が入らなくて、葉柱はただうつ伏せで、ぼんやりとヒル魔のしている事を見ている。

 ヒル魔は何か小さな容器から、塗り薬みたいなものを取って、それを指先で葉柱の背中に塗っているのだ。

「…いっ、てぇ…っ」
「当たり前だろーが」

 痛みで頭がはっきりしてきて、やっと状況が飲み込める。けれどそれは、簡単には信じられないようなことで、葉柱は驚いた顔のまま凍り付いた。

 ヒル魔がその手で、葉柱の背中の傷に薬を塗っているのだ。それから丁度いいサイズにハサミでカットしたガーゼを、その傷の上に貼り付けては、また次の傷に薬を塗る。

「てめぇな…」

 ぼそり、とヒル魔が言った。手当てする手は少しも止めず、葉柱の顔など絶対に覗き込まずに。

「ヤりてぇのは判っけど、別に電話が済んでからでもいーだろ」
「……急ぎの用だったら、てめぇ、すぐ帰んじゃねーか」
「…まぁな」

 さらりと答えたヒル魔の唇に、あまりにも見慣れた悪魔の笑い。

「にしても…唇ズタズタにされて、背中もこんなにされてんのに、最後までヤった奴も初めてだぜ? 大抵の奴は、あんな派手に怪我する前に引くけどな」

 なんだか褒められたような気がして、一瞬喜びかけるが、深く考えて葉柱は重い気分になってしまう。

 別に俺だけだなんて、思っちゃいねぇし、判ってっけど。こいつって、やっぱ、別のヤツとも散々寝てんだな。俺みてぇな相手が沢山いるって事だろ。今までも、きっとこれから先も。

 ヒル魔はクスクスと面白そうに笑い、無理な姿勢で体を屈め、シーツの上にある、葉柱の手の甲に唇を掠らせた。悪戯っぽいその仕草と笑みに、葉柱は一瞬で見惚れてしまう。

「てめぇは俺に、殺される覚悟は出来てんだろ? だったらどうやって息の根止めるかじっくり考えとくからな、糞奴隷」

 背中が痛いせいだと言いたげに、葉柱はゆっくり目を閉じた。こんな酷い目にあった直後だって、葉柱はヒル魔の傍にいることに、ほんの欠片も後悔しない。


 息の根なんか、その顔見るたび止まってる。
 ベッドで体を重ねた時は、今にも心臓が止まりそうだし、こんな軽いガキみてぇなキスだって、特別な何かなんじゃねぇかと期待しちまう。
 そんなのは、きっとてめぇだって、知る筈が無い。
 それとも、とっくに知ってて遊んでやがるのか?


 血が足りなくて、青ざめた顔の葉柱の額に、熱いヒル魔の手のひらがのせられる。

 どれだけ振り回されたって、こんなこと一つで舞い上がる自分。情けねぇな、と葉柱は思ったが、笑うには背中の傷が痛くて、ただ物言いたげにヒル魔の顔を見た。

 目が合った途端に、ヒル魔はニヤリと笑みを深める。


 デカいバックの中から微かにケータイの音がした。山ほどの中から一つを取り出し、彼は涼しい顔で誰かと話をし出すのだった。



                                      終








 この話は…ですね。ちょっとうちのルイヒルノベルの中でも、順序を付けられませんでした。だってこんな怪我してたら、試合困るだろう、葉柱さん。軽く入院が必要な怪我だって気がする。汗。

 強いて言えば、二人の雰囲気からして「voise」と「好きじゃなきゃ」の間って感じでしょうかね。voiceと、この話が並んでいるなら、そこまでに、かなーりいろんな事があって、時間が流れてそうですが。

 ま、こんな血まみれな話ですけど、これも愛かなとv


06/12/9→07/04/09再UP