p e r i o d … 5
してぇようにしていいって、そう言われた。そんなの初めてで、だけどその後言われた言葉が、あんまりショックで信じたくなくて、気付けば散々、あいつの細い体、何回も何回も突き上げてた。
耳の奥には今も、かすれちまったヒル魔の喘ぎが聞こえる。いくつか罵りの言葉を吐いて、でもその後は何故だかそんなに抵抗しねぇで、されるまんまにヒル魔は揺さぶられてた。
怖い、と思ってたんだ、ずうっと。今までだって、いつだって、唐突に「もういらねー」って、そう言われるかと思って。でも、本当に言われた時の胸の痛さったら、想像なんかじゃ全然追いつかねえ。
終り おわり 今日で最後
そんなのねぇよ、だって俺、もうお前がいねぇのなんて堪えられねぇのに。そういう俺にしたのはお前なのに。今更なんで、そんなこと言うの。うぜぇ、って? 邪魔くせぇ、って? しょうがねーだろ。俺の体も心も全部、お前が好きで好きで堪んねぇんだから。
あぁ、
そうだ、
そういや言っちまったな。
好きだ…って。
気付けば、もう朝が来ていた。葉柱は勢いよく飛び起きて、必死になって見回した。
広くて豪華な部屋の中には、ヒル魔の姿はなかった。バスローブの袖に腕通しながら、風呂場もトイレも隣の部屋も、その上ベランダも見たけど、ヒル魔はどこにもいなかった。
心臓が壊れそうだった。胸が裂けてて、そこから血がだらだら零れてってるんじゃないかと思うくらい、一気に体が冷たくなる。
おわり… 嘘だ… こんな唐突に。
まさか違うだろ。あいつ、いっつも気まぐれだから、ただ機嫌悪くしただけで、俺のこと焦らせて笑ってんだ。また抱きたかったら、土下座しろとか、そういうこと言ってキれさせといて、タクシーとかパシリとか、平気でさせんだ。そうに決ってる。
泣きたい気分でそう思って、葉柱はドカリとベッドに腰を下す。上等のスプリングが、ほんの微かに軋む音を立てて、深く深く葉柱の体を受け止める。
一瞬浮いた足先が、ベッドサイドの小さな屑入れにぶつかって、コト、と何か硬い音がした。ふと見下ろした葉柱の目が、怯えたように見開かれ、そのままそこに止まって…。
そうして葉柱は風呂場に飛んでって、そこに脱いで置いてある長ランのポケットから、ケータイを取り出してコールする。
着信音は、たった今まで彼がいたベッドサイドから聞こえてきた。泣きそうな顔をして、コールを続けたまま、葉柱はベッドまで戻ってきて、もう一度、屑入れの中を覗き込む。
コールは、鳴り続けていた。他には何も入っていない屑入れの底で、葉柱とお揃いの真新しいケータイが、誰かが出てくれるのを待って鳴っている。葉柱がコールを止めると、一、二秒鳴ったあと、その音は止まった。
「な…ん、だよ…。どういう意味だよ、これ」
もう朝なのに、朝の日差しは彼の心に届かない。もうずっと、この先、暗闇しかない場所に、突き落とされてしまったような気がした。
*** *** ***
「明日から毎日、早朝ランニング、百キロだ…っ」
練習を始める前に、いきなりヒル魔がそう叫んだ。聞いてたメンバーは全員仰天して、それじゃ授業に出れない、とか、夜になっちまう、とか騒ぎ出す。
「そんくらいのつもりで走れっつってんだ。朝練開始は明日から一時間早くすっから、授業にもちゃんと出たいっつーやつは、そんだけ速く走りゃいーってだけだろ」
そうして景気づけのように、ヒル魔はマシンガンを空に向けて乱射する。弾が無くなるまで乱射して、弾切れのその銃を制服の肩に担いで、楽しげな顔で彼は言った。
「そのかわり、放課後の練習は一時間早く帰してやっから、飯食ったら、朝練に備えてさっさと寝やがれ。それと…俺は今日は練習には参加しねぇ。部室でノートいじってっから、邪魔すんな」
背中を向けて部室へと歩いて行くヒル魔を、ほんのちょっと、何か気になるとでも言いたげに、栗田が眺めている。視線を感じたのか、険悪な顔して振り向いて、ヒル魔は彼を睨みつけた。
「見てねーからってサボってやがったら、ケルベロスの餌にすっからな。判ったらさっさと練習始めやがれっ」
怒鳴られて走り出す栗田から目を逸らし、ヒル魔はすたすたと部室へ歩いて行く。制服を着ている肩と首を被うように、彼にしては珍しく長いマフラーが巻かれていた。
そんなヒル魔の足が、部室のドアを閉めた途端にグラつき出す。壁に手をついて体を支え、鬱陶しそうにマフラーをむしり取ると、首にも喉にも赤いキスの跡。
「…あん…のっ、糞奴隷、こんな跡つけやがって…っ。今度、どんな労働させてやっ……」
口の中で付いていた悪態が、不意に途切れて消えてしまう。今度も、次も、もう無いのだ。
いつも葉柱用のケータイを入れてた胸ポケットには、今は何も入っていなくて、そこだけぽっかり穴が開いているような気がする。そこと繋がっているようにして、体にまで穴が開いたのか、ずっと胸が冷たいのだ。
ロッカーの中に手を突っ込んで、そこにあるバックから手に触れたケータイを一個、適当に取り出して胸ポケットに入れるが、何枚かの服越しに、その感触が気持ち悪くて嫌になる。
そこに入れるのは、もう、あのケータイじゃなきゃ駄目なのだ。もう体があの感触を、はっきりと記憶してしまっている。
「…チっ…」
たまたま掴み取られただけのそのケータイを、また胸ポケットから取り出して、彼は傍らの屑入れにそれを投げ捨てた。
ヒル魔はあのホテルで…ケータイを一つ、捨ててきた。葉柱は気付いただろうか。気付いたならどう思っただろう。今日で最後だと言った言葉が、本気だと判ったなら、彼はどうするのか。
判ってんだろーけど
俺
お前のこと
好きだから
「…るせぇよ……」
脳裏に刻み込まれてしまったその言葉に、ヒル魔はぽつりと悪態をついて、そのまま机に顔を伏せた。冷たい机の感触に、何故だか涙が零れそうで、彼は今度は真上を向く。
「勝手、言ってんじゃねぇ…。てめぇが、んなこと思うから、キられんだ。判ってんのか…糞」
ただの奴隷でいてくれれば、ずっと俺の隣うろついてたって、なんにも言わねぇで、このままでいられたのに。続いてく筈の毎日を、途中でブツリと千切り取ったりなんか、しないで済んだのに。
俺だって、少しは調子が狂う。
こんないきなりなエンディング。
無理やり打ったピリオド。
ヒル魔は屑入れの中からケータイを拾い上げ、それを開いて、キーの上に指を滑らせた。無意識に葉柱のナンバーを、指先が辿って動いていた。押してはいない、ただ指を滑らせるだけ。
「ハバ…シ」
ポツリと呟いて、最後まで言えずに、ヒル魔は顔を歪める。
頭の中で邪魔だった葉柱の姿が、昨日の今頃よりも深く、心の奥に刻まれている。名前を呼ぶ声までが刻み込まれて、それが鋭い切り傷のように痛かった。
「てめぇ…なんで、消えねぇ…」
ケータイのCLEARキーを、何度も何度も、ヒル魔は親指で押し続けている。思い浮かんでいる葉柱の眼差しも、声も、胸も、指も、背中も。どれ一つとして消えない。
「終りだ…っつってんだろう…。消えちまえ…っ」
ヒル魔の声は、震えていた。
終
えー…。当初の予定通りのラストなんですが。物凄い酷いところで「終」になった気がしてます。わ、わ、別れて終りなのっ? ほんとにっ? はぁ、そうなんですよねー。酷いですよぅ。←誰がだよ、お前だろう。
えと、この続きがどうなるかは…。まだあんまり考えておりませんで…。でも早く書かなきゃーとは思ってます。だってあんまり哀しいし。グス。
両思いなのに、なんでこーなの? ねぇ? なんでなの? 葉柱さんといくらラブラブしたって、アメフトはヤキモチ焼かないと思うんだけど、どーなの?
一つヒル魔さんに教えてあげたいんだけど、葉柱さんとのエッチが、すんごくイイのは、二人の間に「愛」があるからなんだからねっ。素直になれば、もっとイイと思うんだからねっ。
というわけで、読んでくださいました方、こんな暗いラストでごめんなさい。うちのルイヒルノベルで。ラブいヤツを読んで、機嫌を直してくださると嬉しいです。焦っ。
08/01/26