「泳げないイヌ」




 葉柱がシャワーから出てきたら、いきなり目の前にヒル魔が立ってた。しかも着ていた黒のシャツを胸の上までたくし上げ、そのまま脱ぎ捨てるシーンがバッチリ。
 うわ、…って、頭の中が真っ白になりかかる。勘弁して欲しい。こいつ自分が凄ぇ刺激物だって、判っててやってるんじゃねーの?

「てめぇ、フロが長ぇんだよ…ッ」

 とかなんとか言いながら、ヒル魔は葉柱を押し退けて、やっと開いたバスルームに入ってく。葉柱は髪を拭くのもしばらく忘れて、中から聞こえるシャワーの音を、呆けた顔で聞いてた。つい口元が笑ってしまう。

 最近、ヒル魔はしょっちゅうここに来る。はっきり言って来ない日を数えた方が早い。来ればそのまま泊まってくことが殆どで、嬉しいけど体は疲れる一方だ。そりゃあ来るたび、ヤっちまうからで、しなきゃいいんだろうけど?

 当然、無理。

 ベッドに座って葉柱はヒル魔が出てくるのを待つ。アイツの好きなイオン飲料は冷やしてあるし、気に入ってるらしいタオルも出てるし、あとなんだ…。あ、ケータイ、アイツ用じゃねー方、電源切っとくかなぁ、とか。

 ガチャ、ってドアが開く。ヒル魔は薄水色の俺の気に入りのバスローブ。なんげぇ袖をまくって着て…るのはいーけど、なんで前しめてねぇんだよ…っ。紐どーしたのっ、み、み、見え…っ。

 目を逸らして、不自然に横向いて、それでも葉柱はヒル魔に言った。
「飲みもん、そっち。タオルそこだから。さ、寒くねぇ?」
「いい、すぐ服、着ちまうから」
「あぁ、そ…。え?」

 そりゃガッカリするって。ヤる気満々の俺だったんだ。ヒル魔は葉柱の見ている前で、自分の服の入った引き出しを開け、さっき脱いだのと同じような黒のシャツと、黒のすんげぇ細身のジーンズを出してた。細ぇ足なんだよな。細くて綺麗でやべぇくらいエロくって。

 ここは自分の場所って言ってるみたいに、服を持ち込んで勝手に置いてってるのは、メチャクチャ嬉しいんだケドさ…。

「なんて顔してんだよ、ばぁか。フロ借りに寄っただけだ。すぐ帰る」
「よ、用事あんの?」
「てめぇにカンケーねぇだろ」

 風呂上りの温かい肌してるくせ、こいつの言いようは冷てぇし。 

 気付かなかったけど、確かにな、髪は濡れてなくてピンピンと立ったまんまだ。抱かれた上で泊まってく気なら、時に応じてシャワー前にH。または頭から爪先まで、全部洗ってからH。どっちでもないこのパターンは、指一本触らせねぇ気なんだって、たった今、悲しく学習させて頂いた。

 ヤりてぇの? 

 って、この悪魔が言葉にしねぇで聞いてくる。赤いような唇と、きらって光る目が確かに言ってる。バスーローブの前がヒラヒラ、全部見えてんだけど。真っ白い胸から腹へのライン、ヘソの窪み、その下の陰り、陰りの下のうっすら桃色のアレ。

 あぁ、なんでそうなの、お前。趣味悪ぃ娯楽。拒否できねぇで巻き込まれる俺。

「ヤりてぇよ」

 声に出して言うと同時に、無意識に手ぇ出す俺は、人間やめてんじゃねぇかって思う。きっともうイヌなんだ、コイツに仕えるイヌ。ご褒美欲しがるイヌ。いっつも腹減らしてるイヌ。好きな食べ物はお前。お前以外喰わねぇ。

「帰る…っつったぞ」
「んなの、聞こえねぇ…っ!」

 組み敷いて奪う、薄水色のバスローブ。なめらかな肌から剥がすのは簡単で、なんでこんなにすぐ裸になれる恰好してて、駄目だなんて矛盾言うかな。納得なんか、俺、ぜってぇ出来ねぇから。


「疲れてるくせ、しやがって…な」

 だけど、首筋愛撫されながら、ヒル魔が言った声が遅れて脳に届いた。

「明日朝、早ぇんだろ。下の奴らの朝練強化訓練、付き合って」
 
 情報入手力、相変わらず。でもならなんで来たの。俺を休ませてくれる気なら、来なきゃいいんじゃね。あぁ、銭湯代わり…なワケはねぇ。よく判んねぇよ。俺、イヌだし。でももしかしてもお前も、俺を?

 押し倒した顔をあげ、葉柱は信じられないと思いながらも、今度は彼からヒル魔へ、声にならない問い。

 ヤりてぇ…の…?

「ヤりてぇよ」
 
 ヒル魔からの、らしい即答。それともこんな素直なのはらしくねぇ? どうだっていいよ。ヤりたくて、ヤりたくて。馬鹿だと思うけどそれが今は一番大事なんだから。

「明日、倒れんなよ」
「だいじょぶ、まだまだ気迫だけでもいける」

 お前とHする、為だったら。
 あれ? サイテーかよ? 俺。
 しょうがねぇ、溺れてんだ。
 溺れるイヌだ。なんかもう判んねぇ。

「なら、来な」

 あぁ、なんて男前なセリフ。惚れ直しちまう。もう骨までどころか、お前の零す雫の一個ずつまで全部、愛して愛して多分朝まで。眠る時間なんか、いーや、もう。そう思う意識まで、消し飛んでいく。

 正気、じゃねーよな。俺も。お前も。別に、いーけど。

 
 仰け反った喉で笑って、ヒル魔がそう言った。


                                       終









 リハビリですので、短く。エロス。つーか言葉遊びみたいで面白かったんデスけどね。でもって、葉柱さんはカメレオンタイプのイヌ。なんだそれ、地球外生物っっ?! 可愛いかもぅ、と思うのは、単に愛があるからでしょう。
 そんなわけで、本日は一ヶ月ぶりに、サイトへアイシを投下っす。


08/04/17