No Brake!




 喉が乾いた。最近、葉柱と一緒にいると、ヒル魔は時々、変な気分になる。喉が乾くのもそのせいかもしれなくて、ハンドル握ってる奴隷を、ヒル魔は後ろから怒鳴りつける。

「どっか停めろッ。
 コーヒー飲みてぇ。
 無糖のが買える自販機」

 箇条書きみたいな言い方で言うと、葉柱は「おぉ」とか「あぁ」とかなんとか言って、すぐ近くの駅前にバイクを回す。

 葉柱のバイクに乗ってるとき、ここの駅前でも確かに一度、コーヒーを買ったっけ。よく覚えてんな、糞奴隷。

 ほんの僅かばかり感心したけど、その感心もガッカリにすぐ変わっちまう。葉柱のせいじゃないけれど。いつもそこに三つ並んでる自販機、真ん中の一個だけ何故か撤去されてて、よりによって、その無くなってるメーカーのコーヒーがヒル魔のお気に入り。

「糞…っ、すぐメーカーのヤツ呼び出して…」

 バイクから飛び降りて、ヒル魔は苛々顔、自販機のあった空洞を睨み吸えて、左手にケータイ、右手に脅迫手帳。

「待てって。ここになくたって、別んとこにあるだろ。走ってすぐ探すから、そんな怒んなよ」
「…るっせぇな……」

 しょうがねぇヤツ、とでも言いたげな言い方が癪に障るけど、同時に変な気分。ヒル魔は振り向きもせずに、ケータイと手帳をポケットに戻して、コインを三枚用意した。左の自販機にも、丁度無糖のがあるから、それで我慢することにする。

「あ、そっちでいーの?」
「…飲んだことねぇけどな。まずかったら、こっちのメーカーも呼び出してやる」

 また、そういうことを、てめぇは。って、呆れたような声がもう一度。何なんだよ、その言い方。いつもとどこが違うかなんて、よく判んねぇけど、なんか引っかかる。なんか気に障る。

 チャリ チャリ …

 ムカつきながらコインを、一枚、二枚…。最後の一枚を入れようとしたとき、指が滑って百円玉が落ちちまう。目で追う。アスファルトにぶつかって、そのコインは吸い込まれるように、自販機の下へ。

「…て、めぇ…っ」
「ぁあ…だから怒んなって。百円か? 俺が今、……あ、札しか持ってねぇや」

 駅の自販機のくせに、今時札が入れられねぇなんて、と葉柱もちょっと困った顔になる。でもヒル魔がキレそうな顔してるんで、しょうがねぇとか言いながら、二つある自販機と自販機の間に、気持ち縮こまって入ってく。

「落とした百円、探すから。どっちに入った? 右? 左の方」
「…そんなことしねぇでも、今すぐクレーン車呼んで、自販機吊り上げさせ」
「どっち入ったか、教えて? 右?」
「…左。奥まで転がって、壁に当たって止まった音した」

 よく聞いてんなぁ、さすが。と葉柱は笑って、狭い空間で小さく屈み、片目を閉じて、左の自販機の隙間を覗き込んだ。けど…。隙間の中、真っ暗。なんも見えねぇ。ケータイを出して照らして見る。光が奥まで届かねぇよ。手探りしてみるけど、ちょっと無理みたい。

「ん…。見えね…」
「チッ…退け。俺が見る。てめぇは俺の後ろにくっ付いて、そのなげぇ腕で、指図通りのとこ探れ」

 了解、ご主人様。

 笑っていうことを聞く忠実な奴隷。ヒル魔が隙間に入ったあと、背中にくっつくみたいにして、葉柱も狭いその空間に入ってきて、白い制服が汚れるのも構わずに、埃だらけの地面に膝をつき、やっと入るか入らないかの狭い隙間に腕を入れ。

 ん、そこ。もうちょい奥、右、右っ。
 あ、今、指にかすった…! そこじゃねーって。
 も一回やれっ、も一回っ。

 なんかUFOキャッチャーやってるみたいで面白くなってきたのか、キレ気味だった筈のヒル魔の目が笑ってる。悪魔な笑いの合間の、ほんとに少年っぽい顔が、どきってなるほど可愛い。

 そうそう、そっち。それだ! 取れっ。…て、あ?

 手のひらを開いて見せりゃ、落とした百円コインじゃなくて、そこにあるのは五倍の価値の五百円。四百円得したな、って、笑う顔がやっぱり可愛い。綺麗。

 予想はしてたけど、葉柱の白い長ランは裾も袖も茶色く汚れてた。こりゃクリーニングだ、と内心で思い、こっそり溜息ついた途端に感じた。この狭い空間で、ぴったりと身を寄せ合って…。これって、ヤバくね? 

 青少年。好きとヤりてぇは勿論イコールで、こんな狭い場所でくっ付いてたら、そりゃ当然…。

「サカってんじゃねぇ」
「……いや、もう無理。止まんねぇ、止めて」
「ハバシ…、ん…っ、ふっ」

 キス、一つ。一つは一つだけど、一ダース分の濃厚なヤツ。食いついて、吸い付いて、あいつの唇、舐めて、舌に舌絡めて…。激しすぎるって、自覚はしてた。一度だけ、深く貪りすぎて、俺の唇にヒル魔の歯が当たったみてぇ。

 血の味。それともこれ、わざと噛んだの? 

 あぁ、やべぇのにな。血の味と匂いなんて。余計サカっちまう。自販機と自販機の間に開いた、自販機一個分の空間。狭いし機械の音は煩いし、でも、滅多にねぇよ、こんなふうに、ヒル魔を追い詰めてキスできるなんて。

「口、開けて? いや?」
「…ん、ぅ、やめ…っ、こ…のッ、くふ…ぅ…」

 華奢な体、奥の壁に押さえつけて、好きなように口を味わう。ヒル魔の舌が逃げる動きが、もの凄いエロい。往生際悪く、ヒル魔はいつまでも暴れてて、ほら、そんなに暴れるから、ジッパー下げるのが大変だ。

「止まんねぇ、どうしよ…。なぁ…?」

 するん、って、下着の中に指を滑り込ませる。ヒル魔の体はびくん、って跳ねて。じかに握られた途端、ガクガクと震え上がった。右手の指、全部使って、丁寧に、丁寧に愛撫する。すぐにぬるぬるしてきて、ヒル魔、もう限界?

 このままイったらいろいろ汚れる。生憎ポケットにハンカチ入れとく習慣なくて、そうするとできる方法は残り一つ。

「イって、イイぜ? 飲んでやる」
「…いらねぇっ、離せっ」
「だから無理、止まんねぇし。ヒル魔だって、そうだろ? ん、んん…」
「…ひぁ…ッッ! く、んぅぅ…」

 あぁ、濃い。それに量も。凄く熱くて、喉が…溶けそう。ビク、ビク、って腰を震わせながら、髪を乱しながらイく姿が、やっばり可愛くて、綺麗。飲み下して、口を袖で拭って、それから気付いて、ヒル魔の右手を、握った指の上からそっと包む。

 五百円玉握ったままで、爪を手のひらに食い込ませ、最後までヒル魔は嬌声を上げないように、必死で声を堪えて。

「…好きだ……」

 そう葉柱は言った。言っても返事なんか、ケッ、とか、るせぇ、とか、そんなのばっかり。俺もだ、って言ってくれたらいいのに、あの言葉はあれきり。今のところ、あの一度だけ。

 だけどいいんだ。 

 好きだって言って、罵られないのが幸せ、目の前から消えないヒル魔の気持ちが、それだけで今は満足。残念ながら、ヤりてぇ気持ちだけは中々満足になれなくて、今日はマジで、こんな場所。

「悪ぃ…」
「…糞。動け…ねぇぞ、すぐは」
「いいよ、その方が。こうして抱いてるから、もたれて」 
 自販機と自販機の間の、一メートルあるかないかの隙間。二人は抱き合ってる。誰もジュースなんて買いにくんな。コーラもコーヒーも、余所で買え。

 ここの自販機は今、二人が別の用途に使用中。




                                        終
  

 
 
 
 

 今に始まったことではありませんけど「破廉恥っ!」どこでヤってんですかっ。自販機と自販機の隙間っ? その自販機、ジュース買いに来た人いたら、気付かずに去ることを祈ります。

 愛、暴走で、No Brake!だから、サカっているからって、そこで本番は駄目ですからね! と、釘刺しとこう。

 なんかここまで可愛くする気はなかったはずなのに、二人とも歩み寄りすぎ! ドライな関係はどうしたの? もうドライは飽きたそうです。二人がね、。ふ、困ったもんだ。次に書く話がどうなるか、見守ってやって下さいませ。

 しばらくぶりのアイシ、こんなんでゴメンナサイ。


08/03/16