『 F i r s t M e s s a g e … 後編 』
あんまりヒル魔が背中を仰け反らせてるから、葉柱はその背中を強く抱き締めていた。唇を追いかけるように、ヒル魔の体に覆い被さりながら、舌を絡めて、無我夢中になる。
ヒル魔の舌はその唇よりも柔らかくて、当たり前だけど唾液で濡れてた。それが妙に淫らに思えて、キスとかじゃなくて、もっとエロい事してる気になっちまう。いつもそうだ。だからこんなとこじゃヤベぇんだって、判ってんのにな。
ヤりてぇ、ヤりてぇって、心が騒ぐ。体全部でヒル魔が欲しくて、キスだけでやめろなんて言われたら、キレてコワレて、今日こそはきっと、俺、どーにかなっちまう。
「ヒル…魔…。なぁ? 俺…さ」
ドキドキしながら、キスの合間におうかがいを立てた。ヤらしてくれんの?って、ストレートに聞けなくて、思わず言葉を止めてたら、ヒル魔はいきなり、俺の胸に片方の肘を付いて、体を引き離しにかかる。
出来た隙間で、ポケットに手を入れ、ヒル魔はケータイの画面を見ていた。そんな時間を気にして、なんか用があるってことかよ。それとも誰かから電話がくんのか? 俺を呼んだのも、それまでのただの時間潰しってことか?
顔を寄せたままで、葉柱の目がきつくなった。ついイラついて、問い掛ける声も低くなる。
「さっきから、なんか待ってんのかよ。誰かと会うのか…?」
「カンケーねぇだろ」
キスしてたばっかなのに、こいつ、すぐ喧嘩売ってくんだ。それも、俺が苛立つタイミングと、目付きと言葉で。面白がるように笑う目が、葉柱をちらりと見て、すぐに無視するように逸らされる。
「用がねぇなら帰る。どうせバイクもねぇし、タクシーにもなんねぇ俺なんか、てめぇはいらねぇんだろ」
「…帰りてぇなら帰れ」
ヒル魔の顔が、一瞬、がっかりしてるように見えたのは、多分…いや、ぜってぇ気のせい。そんなしおらしいヤツなワケねぇし。
もう何か言う気も起こらなくて、葉柱はヒル魔に背中を向けた。新しい足あとを付けながら、歩道橋の上を、来た方向に歩いてく。ここを下りれば、すぐに駅。最終がいつだか判らないが、多分まだ一本くらいあるだろ。
見上げたビルの時計が、丁度0時に変わったのが見えた。そういや今日は大晦日だっけ。道理で、商店街にいつまでも明かりがついてた訳だ。今年最後だったってのに、イイことねぇな、と葉柱は舌打ちする。
その時、ポケットの中で、ケータイが短く鳴る。音だけでメールなのは判ったが、着信音はヒル魔のにしてるヤツじゃない。
誰だよ、こんな時間に。こんなムカついてる時に。詰まんねぇ用だったら、一発殴らして貰うからな、とかムチャクチャな事を思う。面倒くさそうにポケットからケータイを出して、開いて見たら、眩しいディスプレイには、見たこともないアドレスと、一言だけのメッセージ。
A happy new year
もう一度アドレスをよく見ても、やっぱりそれは知らねぇヤツから。間違いメールかよ。今度こそ、ケータイを足元に叩き付けて、踏み付けて壊したい衝動。
腕を振り上げたその時に、それに気付いたのは、本当に偶然だったのだ。気付いてよかったと、それから先、何度も思うことになる。
歩道橋の上で青白く光ってる、ケータイの明かり。まだそこにある細い人影。明かりはすぐに消えてしまったけれど、その色はいつものヒル魔のケータイのとは違う。
ああ、そっか。ヒル魔、あいつ、新年を迎える瞬間に、俺といようと思って。だから今日、呼んだんだ。雪でバイクも乗れねぇって判ってんのに、それで…。
その時、そんなに素直にそう思えたことが、自分で酷く嬉しい。葉柱はヒル魔の影を見上げて、たった今、届いたそのメッセージに返信を返す。凍えた指が、何度も打ち間違うのが、こんなにもどかしいとは。
帰んな。てめぇが嫌でも、俺はずっと、てめぇと一緒にいてぇ。
三段飛ばしで階段を駆け上がる。白い息を吐きながら、立ちっぱなしのヒル魔の前に立った。
「帰んじゃねーのかよ」
「帰んねぇ。今、俺にメール入れただろ。俺から返事も届いたんだろ。帰んなって引き止めたのはてめぇだぞ、言っとっけどっ。あんなメールきたら誰だって…っ」
「あ゛あ゛? 何ワケ判んねぇこと言ってんだ。寒さでイカレたのか、糞奴隷」
ヒル魔の両手はポケットの中だ。その手に握られた、もう一個のケータイを握ったままで。だから証拠を掴んでやろうと、目の前でもう一回、さっきのケータイにメールを再送。
これでヒル魔のポケットのケータイが鳴ったら、もう誤魔化せねぇだろって思ったのに。
「帰んねぇのは、てめぇの勝手だろ? 俺は知らねぇ」
言うなり、ヒル魔はポケットから右手を出して振りかぶる。遠くへ、すげぇ遠くへ、遥か遠くへ、ヤツは手の中のものを放り投げやがったんだ。キラっと一回光ったっきり、哀れなケータイは遠くの道路の真ん中に落ちて、走ってきた車のタイヤに潰される。
なんか着信が鳴る筈だったケータイの、最後の音はグシャっと潰れた音に摩り替えられちまった。
「て、てめ…っ、信じらんねッ。この意地っ張りが!」
罵る言葉が途切れないうちに、葉柱はヒル魔の体を抱き締める。キスはしなかったけど、代わりに首筋に唇を埋めて、跡が付かない程度に、その熱い肌に、キスして吸って…。
意外にもヒル魔は暴れもせずに、やんわりと葉柱の背中を抱いた。喉を反らして見上げた空には、星の一つも見えないが、その代わりに降り続く雪が本当に綺麗だったから、暴れる気が起こらない。
閉じない目の中にも、雪の一欠けらが落ちる。冷たくて気持ちいいけど、いい加減に体中冷え切って辛いくらいだ。壊れそうに強く抱かれて、それとは対照的に優しく首筋を愛撫され、その途中で忌々しい事実にヒル魔は気付いた。
バレないように、わざわざ別のケータイから送ったメッセージ。その後すぐにケータイの電源を切っとけば、あんな投げ捨てて壊す必要もなかったんじゃねーか…!
ってか、あんな派手なことして、俺がそのメール送ったんだって。それが恥ずかしーんだって、わめいて教えたも同然。
自分のした事があまりに愚かしくて、ヒル魔の体は、かーっと熱くなる。そのことに気付いてない葉柱の馬鹿さ加減が、今日ばかりは有り難かった。
『ずっと、てめぇと一緒にいてぇ』
葉柱から届いた、その返信の言葉も、壊れたケータイと一緒に消えちまった。別に惜しかねぇや、と思いながら、心のどこかでは、もう一度その言葉が欲しいと願う自分がいる。
「ハバシラ」
「…ん?」
「誰か判んねぇけど、その…てめぇにさっきメール入れたヤツに、なんて返事したんだ…?」
「だ、だからそれはてめぇが受け取ったろっ」
「知らねぇから聞いてんだ」
「見てねぇのかよ…せっかく…」
抱き合いながら、言い合う言葉に、微妙な気まずさが滲んでいる。
「べ、別に大した言葉じゃねーや」
「だから何。興味ねーけど」
「…興味ねぇなら聞くんじゃねぇっ」
顔を離して、葉柱はヒル魔の顔を覗き込む。ヒル魔もちらりと葉柱の顔を見て、それから突き飛ばすように強引に離れた。ヒル魔は歩道橋を、駅とは逆の方向に歩く。
「あー…。今年もよろしくって」
背中に投げ掛けられた言葉に、ヒル魔は一瞬沈黙し、それからデカイ声で笑い出した。静まり返った町並みに、ひとしきりその笑いが響いて、途切れた後で、また葉柱が言う。
「えっと、ほんとは違うこと書いた。なぁ、も一回それ、言ってやっから、今日はさ、朝まで一緒にいねぇ? ヒル魔」
「…知らねぇよ」
言いながら、ヒル魔の歩く速さが、その途端にぐっと遅くなる。葉柱は彼の隣に並んで歩き、横に逸らされたヒル魔の顔が、ほんのちょっと赤くなっているのを、見たような気がした。
今日は一月一日。
さすがに朝が来ても、今日ばかりは朝練の予定は無い。いつも早朝にセットしてあるケータイのアラームを、多分二人とも止めるだろう。
眠りに付くのは、明け方になりそうだから。
終
大晦日の真夜中、十一時四十五分に書き始め、元旦の夜八時に書き終えた、おめでたい?ストーリーです。
晦日と元旦に差し掛かる時間には、ノベルを書いている途中でありたい、という習慣がありましてね。だから今年はアイシで年越しです。なんでそんな事をするかって話は、日記に書きますね。
今回の話は可愛くなりましたねっ。葉柱さんはいつも何となく可愛いんですが、ヒル魔さんまで、凄く可愛く書けて、書きながら悶えてしまいましたが。
ちょっとらしくないけど、時にはこんなヒル魔さんもいいかな♪と、読んで下さる皆様にも、気に入ってもらえたらいいなぁ…って思ってます。
てなワケで、年明け初のノベルはアイシとなりましたーっ。
07/1/1