首輪をつけて…
河川敷、コンクリートは今日は気に合わないから、土のところにヒル魔は横になる。寝返りうって、草に耳をつけると、やや軽い小刻みな足音がする。
タタタタタタタタタ…。
デカくもねぇけど、小さくもねぇカラダして、でも走る足音なんかは以外と小せぇんだな。とか、どうでもいいこと考えて、気付けば耳元に熱い息を吹き掛けて、犬の野郎が彼の顔を覗き込んでいた。
「ケルベロス、もうちっと走ってこい…」
そう言って、ポケットを探るが、どうやらついさっき投げてやった一つで、ビーフジャーキーはラストワンだったらしい。替わりに手元の小石を拾って、ジャーキーを投げる振りして放ってやるが、ケルベロスはちっとも騙される様子がない。
面倒くさくなって、犬のいる側とは逆に寝返りを打ち、後ろ頭を向けて体を丸めると、やがては膝に痛い感触。
いてぇ、と苛立つ声を出して、身を起こしてみれば、ケルベロスはあの、トゲトゲに尖った首輪の頭を、ヒル魔の膝にのせていた。飛び起きて、犬の頭をどかそうとしかけるが、気まぐれ起こしてヒル魔はケルベロスの首輪を外す。
「…好きにしろよ」
低くそういうと、犬はなんだか満足そうな目をして、ぺろりと舌なめずりを一つ。それから邪魔な首輪の取れた頭を、そろりとヒル魔の膝にのせ、そのまんまゆっくり目を閉じる。
首輪。
そうだろ? 首輪を外されたって、別にそれがどうしたってんだ。居てぇとこにいりゃあいい、俺の傍に居たいってんなら、目ぇそらして顔そむけて、背中向けて行っちまうことはねぇんだよ。
だからつまり、そういうこった。あんな顔してたクセに、やっぱ自由が戻って清々したってコト。だからそれきり傍には来ねぇし、電話もしてこねぇし、それきり、になっちまったんだろ。
あの、糞奴隷…。
それと違って、犬はヒル魔の傍からいなくならない。首輪を外してもらったって、それで何かがキレちまうなんて、そんなわけじゃないのを知ってて、かえって楽そうに首をヒル魔の膝にのせてる。
犬の顎の温かさが。呼吸と共にほんのわずか、ゆっくり動くその感触が、気持ちよくって、何かを連想したんだけど、それが何かは…まぁ、いいさ。
あの、糞奴隷、爬虫類の癖して、あったけぇ腕しやがって。寄り掛かって抱き締められて、それで俺を包む温かさなんかもあって、キスとか、触り方とかなんだか好みで…。
だから、首輪外してやったって、奴隷解放してやったって、縁を切るんだなんざ、ひとっ言も言ってねぇだろ。
そうやって、ヒル魔はひとりぐるぐると考えてた。どれだけ時間が経ったのか、気付けば空は一面夕日の色で、そろそろ風も肌寒い。膝にのってる犬の顎の温かさなんか、全然足りなくて素肌を出してる首やらなんやら、すーすーしてきて。
横になってた体を、草の上に無言で起こして、ヒル魔はいきなり目を見開いた。そこに人が立っていたのだ。気配にも気付かなかったなんて、どうかしてる。色々と考えていたからって、自分らしくないにも程があるだろ。
「なー、ヒル魔」
聞こえてきた声に、今度は心臓が飛び上がる。
「ケ…ッ、糞奴隷。なんの用だ。折角、奴隷解放って言ってや…っ」
「これ、欲しいな俺」
「……これ…」
「替えくらいあるんだろ、ネクタイ」
ぼんやりと見上げているヒル魔の傍らから、珍しくさっきまで彼がしてたネクタイを拾い上げる、葉柱ルイの、なんだかおろおろ、困ったような顔。見るのが久々で、ついつい無意識にじっと見ていた目を、ヒル魔はやっと逸らした。
「何の用だ、っつってんだろう。いそがしーんだよ、てめぇの相手なんざ…」
「あー、まー、忙しそうだよな、犬に膝枕してやって」
そう言いながら、葉柱はヒル魔の隣に腰を落とし、手にしている緑のネクタイを自分の首に結び付ける。
「素直じゃねーからさ」
葉柱は、かすれたような声でそう言った。
「素直じゃねーから、なんか…繋がれてたり縛られてたりしねぇとさ、できねぇんだよ、ほんとの犬みてぇに、こう…こういう、さ」
黒髪が風に揺れて、視線がヒル魔の膝のうえの、ケルベロスの頭のあたりを見ている。視線を感じて気になったのか、犬はもそもとと起き上がり、ヒル魔の左側へといってしまい、そこで改めて草の上に身を伸べる。
葉柱はヒル魔の右側に膝をついて、ネクタイの端を彼へと差し出し、ぽつり、と言った。
「ひっぱって」
「…馬鹿じゃねーの」
「いーから」
ぐい、と、ネクタイの端を引っ張られ、葉柱はヒル魔の膝の上に頭をのせる。ついさっきまでケルベロスの顎がのってた場所だ。
「イヌでいーよ、俺、ヒル魔の傍にいられんなら」
「馬鹿じゃ…」
「バカでいーよ。便利な奴隷ならもっといーよ。そしたら傍に置いてくれんだろ。つかいっぱでも、タクシー代わりでも、お前が毎日呼んでくれんなら、それでいーよ。つーか、もっかい、奴隷にして」
ぐい、と、ヒル魔はさらにネクタイをひっぱった。葉柱は喉が苦しそうに、声を歪ませながら言った。
「俺、お前のこと、好き」
葉柱の頭は、無理に引き摺られて、今はヒル魔の胸の上にある。
「…なら、呼ばれなくてもくりゃいーだろ、バーカ」
鼓動が、どきどきと跳ね上がって、それでもヒル魔の声は聞こえた。ここは河川敷で、橋の上からなんか、めちゃめちゃよく見える場所で、やべぇんだけど、それでも止められなくて、一つ、キスをした。
「好きだ。どうしよ、すげぇ好き」
「…バーカ。知ってる」
葉柱はネクタイの首輪して
ヒル魔はネクタイのリード手に握って
ケルベロスは珍しく、トゲトゲのいつもの首輪無し。
そんな二人と一匹で、夕暮れも過ぎてく河川敷。
もう少し暗くなったら、もう一回、キスしたくて、
ヒル魔は待ってる。もっと、とっぷり、日が暮れるのを。
終
ひっさびさの、ひさびさの、久々に、ルイヒル書いたら、前に書いてた二人とは、まったくの別の二人になってしまいました。うーん、これからどーなるんだろう、うちのアイシは。らぶらぶ? 甘すぎですか? 笑。
前に比べたら、ずーっと更新ペース遅くなりましたが、それでもまだ、時々ネタが浮かびます。今後もきっと書く。それでもよかったら、たまに読みに来て下さいませませ。
08/09/26