カラダ と ココロ … 4
壊れた天井から見える空。都会の真ん中じゃ見えない星が、普段の十倍も光ってる。欲望まみれの体をして、こんな綺麗なものを見ているなんて、何だか誰かに怒られてしまいそうな気がするほど。
そういや、ヒル魔…。何処行った…?
ぼんやりと見回すが、視界の何処にもヒル魔の姿はない。だるい体を起こして、裸のままで立ち上がり、葉柱は自分の脱ぎ捨てた服を探した。下着とズボンはあった。シャツもある。
それらを着てからさらに探すが、体の下に敷いてた筈の長ランが見当たらなくて、葉柱は窓から外を見た。窓っていっても枠だけで、硝子なんかはまってない。冷たい風が頬に吹きつけて、最初に見えたのは畑と田んぼ、それから馬。馬の傍に立っているヒル魔。
制服のズボンをはいて、ハバシラの長ランを、肩に羽織っただけの恰好なのがすぐに判る。キスマークだらけの胸がちらちら見えて、なんて、ヤバイ恰好なんだ、とその跡をつけた張本人が思ってしまった。
だけどそんなヤバイ恰好なのに、馬の首を撫でているヒル魔の顔が、いつもの彼とは別人みたいに見えたのだ。
無表情。でもなんか、ちょっと…。ほんのちょっとだけ、あどけない、感じがして。
いつものあの、口の端を持ち上げたずる賢そうな笑い顔じゃなくて、人のこと全部、見透かしてるようなタチの悪い顔でもなくて、しょっちゅう見せる、怒った顔でもなくて。なんて、言ったらいいのか…。
多分これは、どこも作ってない顔なんだ。誰の視線も意識していない顔。もし、いつもこんな顔を間近で見られるんなら、いっそ自分も馬になりたい気がする。もしかすると、動物にならこんな顔も見せるのかって思ったら、ケルベロスって、あの凶暴な犬のことだって羨ましい。
そんな馬鹿みたいなことを思いながら、随分長いこと、葉柱はヒル魔を眺めていた。ぼんやり馬の首を撫でて、畑の葉っぱを取って食べさせたりしてる、子供みたいな態度の彼を。
声を掛けたかったが、それがどうしても出来なくて、葉柱はずるずるとその場にかがみ込んだ。壁に背中を寄り掛からせ、脚を伸ばして草の上に座り、デカい両手で髪をくしゃくしゃにする。
どうしよ。
…やっぱ俺、あいつが好きだ。
さっきは、ケダモノみたいにあいつのカラダ貪っちまったけど、カラダだけが欲しいんじゃねぇよ。どんなに気持ちいいセックスさせて貰えたって、一晩掛けて性欲を満たされたって、あんな顔見せられて、こんなドキドキしちまってさ。
ああいう顔、俺の傍でしてくんねぇかな、なんて、それが今、一番叶えて欲しい願いごと。自分に気を許して欲しい。要するに、そう…カラダだけじゃなくてココロも欲しいなんて、葉柱は思っている。
だから一体、どうすりゃいいんだ。動物みたいに無心になれりゃいいの? 主人に忠実な大型犬でいいんなら、最近、結構、板についてきたと思うけど。でも、そんなに気に入られている自信なんか無い。
今日、判ったのはヒル魔が女扱いされて、物凄く苛立ってたってこと。演出以外では、そんなの全然いらねぇんだってことだろうけど、葉柱はしたくてしただけのそれを拒まれて、気付けば随分と凹んでしまった。
だって、演出でも演技でもなくて、本気で惚れてんだから、しょうがねぇだろう。怒らせるのは嫌だけど、でも大事にしたいし優しくしたいし、気持ちを告げるのだって、そのうちきっとしたくなる。
でも、葉柱は思った。星あかりの綺麗な田んぼと畑、そうして馬の隣にいて、見たこともない顔してるヒル魔を想って、今にも折れそうな覚悟を決めた。
いいよ、待ってやるよ。
好きだから。
今は主人と奴隷、いつかトモダチ。
それから遠い未来には、コイビト、なんて、
どうせ無理かな。夢のまた夢かな。
でも諦めない。
「おあずけ、ってか? あんま、得意じゃねぇんだけどな、マジで…」
*** *** ***
そうして葉柱が頭を抱えている間に、ヒル魔は馬の傍に座って、頭の中でハバシラルイに悪態をついていた。
あの糞奴隷、マジでムカつく。散々振り回して、毎日こき使って、怒鳴りつけて怒らせて、ちょっと恨まれるくらいがイイのに、なんでこうも逆らいやがる。最近、人のこと女扱いしやがって。あんなのは、賽河校の奴ら相手の、演出だって言ってんだろうが。
てめぇなんか、ただ俺のカラダ目当てで、それを褒美にムカつきながらタクシーやってりゃいいんだよ。さっきみたいに誘ってやりゃあ、すぐにケダモノになり下がるくせしやがって。
金目当てでも、名声好きでもなくて、今はもはや、借金のカタでもないし、ましてバイクを解体して売り飛ばすなんて、そんな面倒な脅しはしたくねぇんだ。だから、カラダ目当てでいて貰った方がいい。それが一番、カンタンだしな。
じゃあ、もっと、もっと誘えばいいのか。このカラダに溺れさせて、欲しくて欲しくて、何でもいうこと聞いちまうくらいに、させればいいのか。そりゃ、出来ないとは思わねぇけど。何でだか、なんとなく気が進まねぇ。
と、その時、傍らの馬が首を下して、ヒル魔の顔に鼻を寄せてきた。動物は結構好きだから、顎を上げて見つめ返して、その馬の目に浮かぶ、真っ直ぐな何かが、なんとなく葉柱に似ている気がしてくる。澄んでて、なんか訴えかけるような目だった。
気付けば空が白んできている。ここが農家の畑かどうかも知らないが、もしも農家なら朝は早いだろう。小屋でしでかしたヤバイことを、人に知られるのは得策じゃねぇよな、とヒル魔はやっと立ち上がる。
馬の首を、名残惜しげに一撫でして、ヒル魔は小屋の回りを回り、朽ちた入り口をくぐっていく。もしかして、まだ寝てんじゃねぇかと思ったら、本気で葉柱は寝てた。こっちに背中向けて、寒そうに丸くなっている。寒がってるのは上着を奪われたせいか?
「いつまで寝てんだ、エロカメレオン…ッ!」
干草を蹴散らして傍まで行って、靴の爪先で背中を蹴飛ばす。われながら酷い仕打ちだと思いつつ、もう一回蹴ろうとしたら、葉柱は「何しやがんだ」と怒鳴り返しながら飛び起きた。
実際、ヒル魔相手じゃあ、寝たふりだって楽じゃない。
「いてぇじゃねぇか! こっちは腰も疲れてんだぞ、誰かのせいで!」
「へぇ〜、自分から欲しがったくせに、いい態度だよな、ハバシラ。もうしたくねぇってか?」
なんというか、打てば響くようなこのやり取りに、ちょっと機嫌をよくしてヒル魔は笑った。これでいい、こんなふうに怒鳴り合って、罵りあいながら傍にいるのがいいんだ。それ以上互いに近付かなくたって。
「え? し、したくねえなんて言ってねぇよっ」
「じゃあ逆に聞いといてやる。従順な奴隷として働く報酬は、月に一回か、二回か、それとももっとかよ?」
「…と…十日に一回」
思わずぽろりと零れた言葉に、葉柱は遅れて顔を赤くする。ヒル魔はニヤリと笑って身を屈め、葉柱の唇に、自分の唇を軽く押し付けてきた。
「契約成立、だな」
「え、いいの?!」
「働き次第で、週に一度とかな」
ニヤリと笑うヒル魔の顔が、最近では格段に楽しそうだ。
それを眺めて、葉柱は思う。カラダだけ欲しいんじゃねぇけど、まずはカラダだけでもいいか。ゆっくり時間を掛けてたら、そのうちココロもひとかけらくらい、貰えるかもしれないし。
優しくし過ぎない。ましてやいきなり告ったりしない。
目指すは奴隷とトモダチの比率が、フィフティくらいから狙ってみよう。長期戦だって、気持ち次第できっと楽しめる。振り回されながらだって、きっと楽しめるんだ。お前が傍にいてくれるなら。
ヒル魔は一度、長ランを脱いで、自分の制服をきっちり着込んで、その上にさらに、葉柱の長ランをもう一度着込む。確かに朝方は冷えるけど、それじゃあ葉柱はなお寒い。
「何か言いたそうな顔してんな」
「いや、別に」
バイクを押して道路まで出て、いつものやり方でいつものタンデム。触れるのは葉柱の背中の一部と、寄り掛かってるのかそうでないのか、微妙な恰好のヒル魔の右肩。
「さみぃ…っ」
「るっせぇ、さっさと走りやがれ」
「ひでぇよな、てめぇ」
「なんか言ったか、糞奴隷」
「いいえ、何にも、ご主人様」
静かな畑と田んぼの道に、バイクの爆音が響いている。馬にだけは見送られ、二人はいつものエリアに戻っていくのだった。
終
暫くアイシを書かなかったですよね。ごめんなさい。そしたらモノスゴ、調子でない。こんなもん書くのに、何時間かかってるの!? いつもの倍かかったよ。それで昨日はブログも書けず。微妙に凹む惑い星です。
なんか、こんなはずじゃなかったのに、ハバシラさんてば、達観しすぎですから! 若干、現役高校生。もっと欲望を持とうよ! あ、じゃなかった、希望を持とうよ! 欲望はもういいです。放っといてもヒル魔さんがあおってくれますから。
そいで? こんな長期戦の構えで、この先、どーなんのさ? 誰か教えてくれ! だーれーかーっ。
07/10/07