過剰な挑発





 葉柱が開いたドアの向こうに、ヒル魔は居た。デビルバッツの部員
は一人もいなくて、彼は丁度、着替えの途中。制服のシャツに袖を通しながら、入ってきた奴隷をちらりと見た。

「遅っせぇ」
「て、てめ…これでもすぐブッ飛ばしてきたん…」
「ドア、閉めて、そこで立ってろ」

  命じられる言い方は、何百回聞かされても、葉柱の耳には馴染まない。まるで悪さしたガキが、センコーに叱られるみてぇな言い方じゃねぇか。くそっ。

  いつも、いつもヒル魔の言う言葉に、彼はキレそうになる。賊学ヘッドのこのハバシラが、なんてぇざまだと吐き捨てたくなるのだ。そんな自分を見るヒル魔の、面白そうな顔にもムカつく。

 けど、ムカつきながら、彼の目は蛭魔から離せなくなっていた。白いシャツだけの恰好だと、細い上半身が目立って、ついその胸から腰まで、視線を這わせてしまう。

 細すぎるようなそのカラダ。抱き寄せている時は、長い葉柱の腕は余って、彼の背中に回した両の腕を、随分と強く、そこで交差させるような感じになる。

 蛭魔が着替える姿を眺めながら、いつの間にかぼうっとしていたらしい。気付くと蛭魔は葉柱の目の前に立って、軽く顎を上げて彼を見ていた。途端に、葉柱の視線が、一箇所に釘付けになる。

 ジャケットももう羽織ってるのに、ヒル魔のシャツの前は開いたままだったから、隙間から、その白い胸が見えるのだ。

「動くんじゃねぇよ」

 無意識に、腕を持ち上げて蛭魔を捕まえようとしていた葉柱。低く命じられて、その両腕は元のように自分の体の横にだらりと下がった。

  情けねぇことに、こいつの命令に黙って従う癖が、体には染み付いてきてるらしい。心ん中はいつまでだって、イラついてムカついてしょうがねぇってのに。

 蛭魔は葉柱の方に無造作に手を伸ばし、閉じたままのドアの鍵をカチリと閉め、そうしながらも間近で葉柱の顔を眺めている。その目が、唇が…人を馬鹿にし切ったような、あの笑いを浮かべた。

「…ヤりてぇか?」

 ゴク…っ、と葉柱の喉が鳴った音を、蛭魔は聞いただろう。

  こんな息の音まで聞こえそうな傍で、白い胸をチラ見せされて…。そんなのは当たり前だ。さっき、カチリと音を立ててかけられた鍵。それが、ヤっていいって合図じゃねぇのかよ。

「動くな」

 壁から腕を浮せて、自分を捕まえようとしている葉柱に、二度目の命令。そこで立ってろ、動くんじゃねぇ…と、何度言われても、葉柱の腕は勝手に蛭魔を抱きたがる。

「くく…っ。欲求不満か? てめぇ。いいか、俺がいいっつーまで、そのドアから背中も腕も頭も離すなっつってんだぜ」

 言いながら顔を寄せる蛭魔の、悪魔のような目。彼はあとほんの十センチくらいまで顔を近付け、自分の唇を小さく舐めて見せるのだ。目を細めて、わずかに顔を斜めにし、まるでキスを欲しがるような仕草しながら、蛭魔はそろりと舌を前に突き出した。

 それでも葉柱は動けない。命令に逆らえば、今度はどんなイジメがあるか判りはしないのだ。彼の紅い舌が葉柱の口に触れるまで、五センチ、あるかどうか。

  これほどひでぇやり方で、ヒトをからかって苦しめて、こんな楽しそうな顔するヤツ、見たことねぇよ。チクショー。

 何も無い空を舐めるように、淫らな動きで蛭魔の舌がひらめく。その甘い息が葉柱の唇に届く。悪戯っぽく光る目で、じっと凝視されながら、葉柱は思わず、自分も舌を突き出した。

  ああ、どうせまた、命令を聞けと怒鳴られんだろ。判ってっけど、どーにもなんねぇ。ヒル魔に触りてぇ。その口、塞いじまいてぇ。…マジで塞ぎてぇのは、口だけじゃねーけど。

 罵られるのを覚悟して、目を閉じてから葉柱は舌を伸ばした。長い舌が差し出されると、蛭魔はやっぱり、顔を少し引っ込めてのその舌にも唇にも、触らせてはくれない。

  チクショー、チクショー。
  こんなギンギンにさせられて、このまんまバイクの後ろにヒル魔乗っけて、ただタクシーの仕事だけして帰れってか? 生殺しかよ、キレんぞホント。

  けど、キレてここでこいつ抱いたら、奴隷として傍にいることも出来なくなりそうで、それが一番怖ぇんだ。賊学ヘッドが聞いて呆れんだろ?

  なんでこんな…。こんなヤツに惚れてんだろーな、俺。

 伸ばした舌は、やっぱり虚しく空に揺れるだけ。諦め切れず、一度唾液を飲んで、もう一回だけ舌を伸ばす。勿論、目は閉じたまま。そうしたらいきなり、何かが舌の先に触ったのだ。

 ちゅく…

 そんな淫らな音がした。ビビるほど驚いて目を見開くと、伏し目がちになって、葉柱の舌を眺める蛭魔の顔が見えた。その小さく開いた口が、葉柱の舌の先を唇の隙間に挟んでいる。

 凍りついたみたいになって、葉柱が蛭魔の顔を見つめる。蛭魔は一度それから口を離して、今度は舌だけ差し出してくるのだ。蛭魔の舌先と、葉柱の舌先だけが触れて、それから互いの舌の先端だけを、少しだけ絡める。

 ちゅく、ちゅる…

 続けて聞こえてくる音は、それだけでどっかに罰金取られそうなくらいヤバくて、その淫らな感触が、葉柱の脳天に刺さった。脳天に刺さった刺激が、真っ直ぐ体を下に走って、そこがズキズキ痛いくらい熱くなって…。

「ヤりてぇ。ヤりてぇよ、ヒル魔…っ」
「…ああ……」

  もうキレた。我慢するとかしないとか、そんな次元の問題じゃねぇ。ドアに張り付いたようになってた体全部で、ヒル魔を捕まえた。なぁ、今、ああ…って言ったか? そりゃヤっていいって意味か?

 抱いた体をくっつけたまま、ジャケットを剥ぎ、シャツを剥ぎ取ると、蛭魔の体は溶けそうに熱かった。密着させた下肢が、どっちがどれくらいか判らないほど、昂ぶって脈を打ってた。

 投げ捨てられた蛭魔のジャケットのポケットから、部室の鍵が転がり出ている。いつも蛭魔が持っている鍵とスペアと、両方とも。中からドアに鍵をかけた時点で、ここはもう完全な密室。その時から、ヤらせる気があったのかどうか、それは蛭魔にしかわからない。

 冷たい床の上で体全部を好きにされ、浅く喘ぎながら、ヒル魔は満足そうに、微かに笑っているのだった。



                                     終












 元は拍手ノベルでタイトルがなかった上、短い話だからか、中身もあまり無い…。ただのエロ話なので、タイトルつけに苦しんでしまいましたよ。てな訳で、これは旧拍手お礼ノベルでございました。エロの補充に役立てて貰えていたら、それだけで大変嬉しいですよ。

 それにしても…ヒル魔、エロ過ぎる…。誘惑された葉柱さんは、今にも昏倒しそうに参っている様子ですね。無理もないです…。少しは慣れないと、マスターを満足させる事はできないぜ?! 無理かー。


06/09/17→07/04/14再up