ikazuchi
「デート、してかねぇ?」
帰り道、いつもの場所まで送っていく途中で、ヒル魔が耳元に近付いてそう言った。
あんまり唐突だったから、葉柱は返事をするのも忘れた。まさかそんなセリフを、このヒル魔の口から聞けるなんて、今まで一度だって、夢にも思っていなかった。
デートとかなんとか言って、きっとなんかオチがあるんだろうけど、それでも嬉しい。物凄く嬉しくて、舞い上がりそうなくらい。
「…見晴らしのイイとこ。あんまり人が来ねぇとことか」
「み、見晴らしイイとこはいいケド、今日の予報、夕方から雨だぞ。いいのかよ?」
空は厚い雲に覆われ、予報はどうやら大当たり。だからグズグズと出歩いていたりしたら、間違いなく濡れる羽目になる。バイクを濡らしちまいそうなのも、正直、気になってはいたが、それよりもヒル魔の機嫌が最悪になりそうで怖い。
「濡れたら、服を乾かせるとこに寄って帰る…とかな」
「…あぁ…。まぁ、お、俺はいいケド…っ」
つまりはそれって、この後、ホテルに寄るって話じゃねぇか…! 俺に異存のある筈が無い。ここんとこ互いに忙しくて、最後にしてから十日と十二時間も、俺はヒル魔の肌に触れさせて貰ってないのだ。
時間まで数えている自分にちょっと悲しくなりながら、葉柱はバイクの向きを変えた。
目指すのは、賊学のメンバーで、昔はよく行ってた岬。今の季節は確か、バイクも車も入っちゃダメなんだけど、そんなのは忘れちまってたことにして、裏の方からこっそり入りゃいい。
着いてみると、岬には本当に誰も人がいなかった。バイクを降りて、誰もいない駐車場を、ヒル魔はスタスタと歩いていき、低い手すりの巡らされた岬の突端に身を乗り出す。
曇っているし、もう夜になるし、風も相当冷たいのに、気にしてる様子もなく、むしろ気持ちよさそうに、ヒル魔は遠くを見てた。薄暗がりの街の光。目を凝らすとやっと見える波飛沫。
バイクの上にいる時よりは、風はいくらか優しくて柔らかい。細い金の髪が、さらさらと乱れる様子は、なんだかとても綺麗で、斜め後ろでバイクに跨ったまま、葉柱は黙って見惚れていた。
「おい、糞奴隷。コーヒー買ってこい」
やがてヒル魔は振り向いて、木で出来た古いベンチの真ん中に座ってからそう言った。
投げられたコインは、さすがにコントロールも正確に、三枚ともうまく葉柱の胸のところに飛んでくる。一動作で受け止め、バイクを降りて遠くに見える自販機に走ったが、無糖は売ってないし、微糖は売り切れで、あるのは甘いカフェオレだけだった。
それくらいなら、冷たくともコーラの方がいいか…。そう思ってコインを三枚投入した途端、ガラガラゴロ…と、派手な雷の音が響く。そんなに近くは無い。近くは無いが、要するに…天気予報は大当たりだっていう事だ。
雷がなって十秒もしないうちに、どしゃ降りの雨が襲い掛かってきた。あたりはいきなり暗くなって、振り出して三秒で全身ずぶ濡れ。飲み物なんか、買ってる場合じゃないのかもしれないが、それでも葉柱は一つを選んでボタンを押した。
それからヒル魔の傍に駆け戻ると、彼はベンチに座ったまま、やや項垂れてじっとしていた。怒っているかと思ったが、別にそういうわけでもなくて、ヒル魔は黙って葉柱を見る。葉柱はヒル魔の目の前で、濡れた長ランを急いで脱いで、彼の上に広げてかざした。
つまり、ヒル魔を雨から守る、人間カサといったところ。
「雷、落ちてこねぇかな。遠いから…平気かな…」
「…遠かねぇよ。鳴ってるのが聞こえるってことは、雷の移動範囲内に入ってるってこった。次はここに落ちるかもな」
「えっ、ヤベェ…っ、早く逃げねぇと…っ!」
葉柱が青ざめた途端、ヒル魔は酷く楽しそうに笑い出し、それから軽く顎を上げて、ベンチから少し離れた場所にある鉄塔を指した。
「避雷針ってもんを知らねぇのかよ。あそこから四メートルは離れてっから、ここにいりゃあ、まあ平気だろ。どうしても落ちるってんなら、そこで突っ立ってるお前に落ちんぞ。ご愁傷サマ」
笑われてからかわれても、葉柱はカサになるのをやめない。困ったように苦笑して、ズボンのポケットから、買ったばかりで熱いカフェオレの缶を出してヒル魔に手渡す。
「…こんなん飲まねぇぞ、甘ったりぃ」
「飲まねぇでいいから、持っときゃいいだろ、濡れて体が冷えてんだから、カイロ代わりだ」
自分はまだ強い雨に打たれて、冷たい体を風になぶられて、黒髪から雨の雫をたっぷり滴らせながら、葉柱は笑う。そのシャツは肌にぴったりと張り付いて、葉柱に体の線を、妙にリアルに浮き立たせていた。
「ふーん…」
何を考えているのか、カイロの代わりにしろって言ってるのに、ヒル魔はすぐに缶のプルトップを開けてしまう。そうして一口二口飲んで、それから唐突に、葉柱のズボンのベルトに手を掛ける。
慣れた仕草で外して前を開けて、葉柱の下着を、その細い指で強引に押し下げ…。
「なっ、な、ナニしてんの…?!」
「別に」
別に、なんて言いながら、ヒル魔は顔を上げてニヤリと笑う。上げた顔を次に伏せるのは、口じゃ言えないヤバイとこ…。
「…ぁ…、ちょ…っ、ヒ…ヒル魔…ッ! あ、つ…っ」
「熱ぃか…?」
くく、と笑って、ヒル魔はまたカフェオレを一口飲んで、コーヒーの温度を自分の口に移して、その熱で葉柱を熱くする。皮膚が薄くて、敏感過ぎるその場所は、たかが缶コーヒーの熱にだって、過剰に反応しちまう。
ぴちゃ ぴちゃ … と、酷く淫らな音が響いて、その音だけでくらくらした。上着をかざしてた両手で、葉柱は無意識にヒル魔の髪に手を触れ、愛しむように、もう一方の手で彼の耳を撫でる。
知らない間に、雨は上がっていた。でも厚い雲はそのまま空に立ち込め、二人のいる岬も暗いまま、他の人のくる気配もなかった。
「は、ぁ…っ、ぅ…う。…なに…、今日、何かの日だっけ? 俺、誕生日は冬だけど…っ? サービスディ、とか? く、ぅ…ふッ…」
「別に何の日でも…ねぇよ…。ん、ん…っ」
切なそうに、喉の奥から声を洩らして、ヒル魔は軽く眉を寄せている。そのまま口を少し開いて、先端だけを唇に挟み、舌先でくすぐる様な愛撫をしてくる。
こういうふうにしてくれるのは、今までに二度。つまりこれで三回目。なのにこんなとこで始めちまうなんて、ナニ考えてるんだか判んねぇ。ヒル魔の綺麗な顔が少し辛そうに歪んで、その綺麗な唇と舌が、俺のを愛撫してるって思っただけで、脳天イカレそうになっちまう。
「あ、ぁ…っ、駄目だ、ヒル魔…っ、俺、出…ちま…ぅ…」
口で受け止めるのなんか嫌に決ってるだろうから、そう言って、髪を引っ張った。なのにヒル魔は離れようとはせず、最後にもう一回、喉の奥までそれを飲んで、強く吸ってから顔を離した。
ヒル魔が退けるのを待って、それからイこうとしてるのに、こいつは中々退けなくて、泣きたいくらいの気持ちになる。なんか変…。これじゃあ、ヤられてんの、俺みてぇ。話が違わねぇ?
「こっち、座れ…ハバシラ。浅くな…」
くらくらしながら、命じられた通りにベンチにドカリと腰を落とす、全身濡れて寒い筈なのに、体はどこもあっつくて、頭の中まで蕩けそう。滑り落ちそうな半端な恰好でベンチに座って、イきたくてイけない寸前の辛さに、目に映るものまで霞んでくる。
「すっげぇ、てめぇ、ヤバい顔…。欲しいもん、今、やるから」
ヒル魔は葉柱が放り出した白の長ランを、腰に巻きつけ、袖で縛ってそれからごそごそと何かしてた。葉柱が虚ろな目でただ見上げてたら、今度はベンチに座った彼の腰を跨ぐようにして、上に乗っかってくる。
「え、何、まさか…」
「…まさかとか言ってんじゃねぇ…。腰、支えろよ」
ヒル魔の腰に巻きつけてある長ランが、一瞬吹いた強い風で捲くれると、目から星が出そうなくらい、エロい光景が見えちまった。ズボンも下着も膝まで下した、白いヒル魔の脚と、すっかり欲しがっちまってるアレ。
「あ…マジ、かよ…っ」
「うるせぇ、黙ってヤらせろ」
だからそれって、抱かれる側のセリフじゃねぇだろ。入れて貰う準備万端で、上に乗っかっといて言うコトじゃねーんじゃ。しかもこんな、ムチャクチャ屋外で。それに物陰に隠れるでもなく、二人して雨に濡れた恰好で。
「…ふ、ぅ、んんっ」
「あ…。ん、ぅ」
先端が触れて、それからぬるりと滑るようにして中に入っていく。もう、どっちがどうだか判らない声を洩らして、不安定な恰好で抱きあって…。
葉柱は今更ながらに気付いた。ほんと判りにくいにも程があるけど、今日は会った瞬間から、互いにしたくてしたくてたまらなかったんだ。気付かれたと判ったのか、ヒル魔は緩く揺さぶられながら、切れ切れの声で言った。
「十日と十二時間と四十五分ぶり…って、判ってっか」
「…は、はは…っ、ヒル魔も数えてたんだ。…判ってっけど、なに」
「……てめぇ…」
ヒル魔はベンチに膝で立った恰好で、上から見下ろすように浅いキスを降らす。キスとキスの間に、息だけで綴られる言葉。
「判ってんなら…真っ直ぐ送り届けて、帰っちまおうとか、してんじゃねぇよっ、この、糞ハバシラ…っ」
「あ…わ、悪ぃ」
謝って、キスを返して、抱き締めて、何度も上り詰めた。
ひと気の無い岬の突端、一つだけのベンチで。
喉が渇いても、あるのは甘いカフェオレだけ。
雷の音はもう聞こえない。雨雲も過ぎて行こうとしてる。
いつどのタイミングで中断して、ホテルへ移動しようかとか、今のところ、そんなことを考える余裕は、どちらにもないようだった。
終
信じられないボケをかましてしまいました。てへへへへへへへ。前にちゃんと再アップしてあった拍手ノベルを、また別にアップしちゃったよ。本日、そのボケに気付いたので、あらためて別の未再アップのノベルを載せましたです。
ご、ごめんなさい。自分の書いたもんを、自分がどうしたか思い出せないなんてお馬鹿ぽんなことをしました。いやはや。てへへへへ。こ、これはまだ再アップしてなかったよねっ。ドキドキ。
そんな訳で、再アップしなおしたノベルです〜。
07/04/08(07/10/28再アップ)