Machine    5




 何言ってんだか。今更、どーでもいーってのに。

 ヒル魔はちょっと苛々してきて、二階にあるものを適当に手にとっては放り出し、積み上がった何かのパーツとか、ネジとかボルトとかそんなのを、弄ったりして山を崩した。


 こらっ、やめな
 勝手に触んなって、kitty
 あぶねーもんもあるんだぜ
 怪我してねーのか、手ぇ見せな


 思い切り上から目線の、そういう声と言葉にヒル魔はいつもカチンときてた。そりゃあガキだったけど、ガキ扱いなんて、彼はあんましされたことが無かった。子供らしいとこなんか、無かったから。

「なぁー。ヒル魔ぁ」

 って、下から声が登ってくる。ロフトみてぇな二階だから、声を遮るものなんかない。

「お前って、一人っ子ってヤツ? 兄弟はいねぇんだよな?」
「……」
「そーだよな。いたらさっきの変な質問はねぇもんな」

 爬虫類にしては、冴えてんじゃねーか。また雑誌でもぶつけてやろうかと思って、何気なく手にしたバイクマガジンの表紙がハーレーで、一瞬動きを止めた自分が居心地悪い。

 ぶつける代わりに放れば、それを見た葉柱がまた、余計なことを考えるんだろうって思いながら、そのまま下へと放り出す。バサ、と床へと雑誌が落ちて、拾い上げて眺めてる空気が伝わってきた。

「あ、あの…っ、さぁ…やっぱ、教えてくんね。ハーレー乗ってたのって、まさかお前の兄貴、なんてことはねぇよな?」
「…だったらどーだって」
「そっ、そうなの? お前って兄貴いんだっ。へぇ…意外」
「いねーよ」

 あ、あれ…って、こける葉柱の姿が見えるよう。ヒル魔は二階にある、穴のあいたマットレスにごろりと横になった。これってきっと賊学の奴らが、バイクいじりながらそのまんまここに寝泊りするとき使うんだろうな。

 壁いっぱい、天井いっぱいにポスター。 KAWATAKI  YAMAPA が殆ど、賊学の奴らは外国車はそんな好きじゃないらしい。ってか、似合わねぇって、きっと判ってるんだろう。バイクでも外車にはやっぱ、アメ公なんかが似合ってる。


 kitty お前 いい加減にしとけよ
 ガキの癖して、ガラ悪ぃ奴らばっかと付き合って
 俺が親なら放っとかねぇのにな
 
 なんつってても、もしもお前が来なくなったら
 俺は寂しいんだぜ、兄貴だからさ …

 
 わっけ判んね。兄貴? 弟? 親がなんだって? そうやってまた聞こえてきた遠い記憶の外から、控えめにノックしてくるような葉柱の声。それがヒル魔を現実へ引き戻すように聞こえた。

「だったら、兄貴じゃねぇんなら、そいつって」
「うるせーよ」

 と、素っ気無く言い捨てたあとに、ヒル魔は小さく呼ぶ。

「こっち、来いよ…葉柱、あんましここで考え事、してたくねーんだ」
「え? だって、俺、松葉杖じゃそっちにいけねー」
「杖なんか、放っとけよ。片足と両手があれば、階段なんか這ってでも登れるだろ?」

 ガタン…っ、て響いた大きな音は、多分葉柱が、その杖を放り出した音だ。すげぇ忠実なのな、言われた途端に言葉どおりに放り出してやがんの。そうして片膝でいざって、両手を階段について、這い登るように葉柱はヒル魔の傍にやってくる。

「これ…」
「あ?」
「ハーレー特集のバイクマガジン。見てぇんじゃねぇの。うっかり落としたんじゃ…」
「なわけねーだろ。…ヤんねーの? ヤんの? どっち?」
「ヤ…」

 前を開けられっぱなし、胸を曝しっぱなしの格好で、マットレスの上に仰向けで、金の髪乱してヒル魔は誘う。

「たまってんの? お前。…俺も、案外、そんな感じ」
「…鍵、かかんねぇのに、いーのかよ…っ」
「いーんじゃねーの、別に」
「ほ、んとに…っ?」

 とかなんとか、まだ問答しながら、すでに葉柱はヒル魔の体に覆いかぶさってた。埃のにおいとマシンパーツのにおいと、ヒル魔のにおいで、頭が混乱しそうになる。バイクは好きだし、ヒル魔も好きだ。どっちか選べって、もしも言われたら、俺はどーするんだろ。

 山ほどいる奴隷の中の一人と、アメフトと、どっちか捨てろって言われたら、お前はどうする? 両方とも捨てる気なんかねぇよ、って、笑う顔が見えた。ほんとにそうだったら嬉しいって、葉柱は思う。

 濃厚なキスに、どこかうっとりしたようなヒル魔の顔を、まだ焦ったような気持ちのままで、葉柱は大事そうに抱き締めた。勿論エッチはしっかりするけど、大事なヒル魔をハーレー乗りに盗られねぇように、包んで隠したいって、そう思えてた。 


* ** *** ** *


 ここはどこだろう。よく判んねぇ。あったけぇな、まるで誰かに、抱かれてるみてぇ。カードを配る音が聞こえる。ポーカーは今日も勝ちまくりだったっけ。賭けアメフトもおもしれぇ。まだまだ、アメ公どもから、金を巻き上げ…。


 てめぇら、少しは静かにしてろよ
 kittyが寝ちまってんだ、うるさくしたら起きるだろ
 
    あー、ほんとだ…。なんだ、ヒルマも寝てるとただのガキだな

 何言ってんだ、起きてたってただのガキだろう
 案外お前らみんなして、こいつのこと可愛がってる癖に

    かっ、可愛がってなんかねぇよっ。こんなずる賢いガキ!
    ちょっと、その…ちっせぇな、って思っただけだろ!?

 俺にはもう、kittyは弟みてぇなもんだぜ
 USAに戻るときはさ、ハーレーの鞄にこいつ詰め込んで
 そのまま持ってちまいてぇくらいだよ

  

 あぁ、誰の声だろ。どれも聞き覚えある。背中を撫でる手の感触。髪を掻き回す乱暴な、だけど優しい、ごつい指。

「ふ…ざけ…ん…。何だよ、俺を、荷物みてぇ…に…」
「あっ、ご、ごめんっ。やだったっ?」

 耳元で声。反射的に突き飛ばせば、今は片足が不自由な葉柱は、なすすべもなくマットレスから床へと落っこちた。

「い…ってぇ…っ!」
「あ、だ…ダイジョブ?」
「…えぇ…っ?!」

 ヒル魔が、俺に大丈夫…って。

 酷く驚いて顔を上げれば、バツが悪そうな顔が、急いでそっぽを向いた。素っ裸のナリに、背中に白ラン掛けられたそのまんま、さっきまでヒル魔は、葉柱の胸にいたのだ。しかも仰向けの葉柱の体の上で、すっぽりと抱き締められた格好で。

「や、ごめん。ちょっとびっくりして…。でも、心配してくれんだ。すげぇ嬉しいよ、ヒル魔」
「…てめぇだって、俺を心配しただろーが。バイクの下敷きになってた時」
「え? だっけ?」

 もう覚えていやがらねぇ。別にどうでもいーけどな。ふと見れば、葉柱の手には例のバイクマガジン。広げたページに載ってるのは、それこそヒル魔のよく覚えてる、あの「harley-d-night」。

 艶消しの黒塗りで、マフラーにだけ、殆ど黒に見えるようなワインレッドの炎の彩り。バックシートの横にくっついた革のバックは、あのころ酷くでっかく見えて、詰め込まれりゃ本気で入れそうに思ってたっけ。葉柱はヒル魔の回想など知らないでも、ちょっと複雑そうな顔して言った。

「あ、これだろ。ディ・ナイトって。かっけーよな。どんな走りすんだろ。こんなの乗ったら、風とかも違って感じんじゃねーかな。お前もその、兄貴…じゃねえかもしれねぇけど、後ろによく乗るんだろ? 教えてくれよ、エンジン音とか、どんな?」

 見れば葉柱も殆ど裸だ。もうヤっちまったから、ここが何処でもいつでも、どうでもいい気持ちになったのかもしれなかった。

「兄貴じゃねーって…。乗ったのも一回っきりだ。…風なんか」

 でっけぇ大人の後ろにガキが乗ったって、風なんかちっとも感じねぇよ。だから…俺は、お前のがいい。ハーレーなんか…。人のこと勝手に弟みてぇって思ったり、鞄に入れて持って帰るとか言ったり。そんなあいつのことなんかより、俺はお前の後ろに乗んのが…。

「ハバシラ…」
「…えっ、ちょっ…。な、なんかお前、今日、すげぇ変。怒られっかもしんねぇけど、なんか…なんか、寂しそーっていうか…」
「別に、怒んねー」

 あ、そっ、そう…とか言いながら、擦り寄ってきたヒル魔を葉柱は、遠慮しつつも抱き寄せた。ついさっきと同じように、胸の上にのせて抱き締めると、マットレスから墜落したまんまの床の上で、腰の骨がゴリゴリ言ったけど、そんなのは、別に、いいや。

 長い腕に包まれてヒル魔が思い出すのは、おんなじように、抱っこされて眠ったショーガクセイの頃の、米軍での記憶。

 親を含めた大人たちみんなに、殆ど構われることのなかったヒル魔を、よくも悪くも受け入れていたキャンプ。居心地は、悪くはなかったって、今でも覚えてる。

 そうだ。

 殴られて吹っ飛ばされたことも、そういやあったっけ。勝手に銃の安全装置外したり、あげくに面白そうだと思って、いろんな銃、分解したりしてた時。

 痛ぇだろ? その銃が暴発したら、痛ぇどころじゃねぇんだよ
 命にかかわるような遊びは駄目だぜ。判ったか? ヒル魔

 いつも kitty とだけ呼ぶあいつが、俺の名前をちゃんと呼んだのは、あの時だけだったんだな。なんだか危ねぇ戦場に自分から志願して、あいつはあっという間に、爆撃で吹っ飛んじまったんだって、あとで知った。

 ヒル魔はキャンプの偉いさんの部屋に潜り込んで、デカいパソコンいじったり、米兵になりすまして、勝手に無線使ったりして、自分でそのことを調べた。ずっと戻らねぇそいつが気なって、いつ戻るのか知りたくて。


 あぁ、あいつかぁ、実はな…
 バイクでこけて死んだんだ、あいつは馬鹿だからさ
 お前はさ、ああいうデカいバイクなんか、転がすなよ


 なんて言って、あいつの仲間のアメ公が、軽い口調で言ってたのは、きっと俺のためもあったし、あいつは好きなバイクで死んだって、言ったアメ公も思いたかったんだと、今は判るのだ。


「ハバシラ…早く足治せ」
「あ、うん、まぁなるべく」
「なるべく、じゃねーって。バイクは十日くらいで戻んだろ。そしたらそれまで足も完治させろ。てめぇの迎えがねぇと俺が不便なんだよ」
「勝手言ってんなぁ、判ったよ」

 そんで、ハバシラ。そのうちに、お前も俺を叱り飛ばせるくらいに、さっさと度胸つけやがれ。あぶねーから、もう横乗りすんなって言って怒鳴れよ。心配してるからなんだって、言葉にしねぇで目で言って、ヤベぇことする俺の我がまま、たまには無理に止めさせてみろよ。

 お前が言うなら、そしたら俺は言ってやる。ふざけんじゃねーっ。糞奴隷ッ。てめぇは黙って俺を乗っけてりゃいいんだよっ。

 そうやって悪態ついたら、三度に一度くらいは、お前の言うように、ちゃんと危なくないように乗ってやるさ。お前のその腰に腕を回して、頬っぺたをお前の背中にくっつけて…。

 お前の感じるのと同じ風に、俺も髪をぐしゃぐしゃにされてぇんだ。

 懐かしい遠い思い出なんか、もうそろそろ全部その風に吹き飛ばして、ガキじゃねぇ、kittyじゃねぇ、寂しかったのも判ってねぇような、そんな愚かなチビじゃねぇ。ハバシラルイの後ろにしか乗らないヒル魔妖一になるために。


















 あーーーーーーーーっ。難産とはこのことだろう、と思ってしまいましたー。たったの一話を書きあげれないで、途中で眠くなって諦めること数回。こりゃもう駄目かと思いました。

 本日、友人とお茶しながら、書けないんだよー。キーーーッ!と喚いたら、案外するすると進みましたが、うまく書けたかどうかは謎ですね。でももうこれ以上なおせないっ。何か色々と変かも知れないですが、なんとかこれで勘弁してくださいませーー。へこへこ。

 ほんとは心のどこかで、普通の家族が欲しかったヒル魔。兄貴だの弟だの、言われて実は嬉しかったヒル魔。

 今回はなんでか急にそんなのが書きたくて、こんなのになりましたー。らしくねぇ? はー、そうでしょうとも。でもこれで缶ってことでー。

 作中に、バイクの鞄に詰め込んでネタ、某様のお言葉より拝借。勝手にごめんなさい、ありがとうございますー。 



10/07/30