月の幾欠け
弥一殿は、稀に魘される。深く眠っていながらも、心は何処か暗い淵へと落ち、足掻くことをしていいのかどうか、迷いながら惑いなから、魘されているらしきことが、ある。
そんな時、某は身を起こし枕辺に坐して手を伸べ、弥一殿の白い手に、静かに指先で触れるのだ。そのままに触れているだけでも、その手に籠る温みのみでも、力になれはせぬものかと、詮無いことなど思い、ただただ、手を…。
弥一殿の指は、
時に、某の指に、縋り付く。
目を覚ましはせぬまま縋り、その指を震わせて握り締める。氷のように冷えた手に、やがては僅かばかりか温みが移り、少し汗ばむほどになり、苦しげだった眉根が緩んで、呼吸もいつしか穏やかに…。
する、と解けた細いその指を、手を…惜しがりながら布団の中に入れ、某は、某の手の甲についた、ひとつ、ふたつの爪痕に見入る。これから日々を掛け、ゆっくりと肥えゆく、か細い月の如く、美しい小さな、その痕を、稀有な宝のように、唇にて、つと触れた。
怖いことのように、己にすら瞼閉じるように、ひそやかに。
終
有り得ん短さ。
でも気に入っています。
13/12/05