朽ちぬ
せぬ色









 椿の、花を見た。切り花だった。通り縋った茶屋の隅に、一枝、二枝挿してあり。途端、脳裏にあざやかに浮かび上がった、ある日のこと。ぼんやりと、見えているものが遠くなる。

 墓参り。
 流行り病で死んだ、隣の屋敷のせがれ。
 残りの花は…。次の、墓に。

 同じ頃に死んだ"弥一"
 
 あの時は、何も知らずに聞いた。ただ、弥一という名は偶然と、そう思いながらも、胸の深くに、すぅ、と沈んだ。何か、予感めいたものでもあったのかもしれぬ。二つの同じ名が、ひたりと重なり、一方はもうこの世のものではないことに、何か不安のようなものを感じた。

 そう。弥一殿は…。
 まるでその名を己が身に刻み、
 二度と失わうことのないように、
 大切に、して。

 いや、そんな、真っ直ぐにひとすじの、迷いのないものではないのだ。身に抱いていれば、様々に苦痛を伴うような。その、痛み、悲しみ、悔い。淋しさ、孤独、そして…罪の。

 どのような思いで名乗ったか。どのような思いで、その名でいつも、呼ばれていたか。某も、何も知らずにいつも呼んで。

 ぱた、た。

 視線の先の赤い椿が。その花首が、ひとつ落ちた。竹の花挿しから落ちて、棚の淵にあたり、踏み均された土の上へと。深い深い紅の、痛いような紅の色の、花弁ひとひらさえ解けず、離れず、茎に添うて咲いていたままの姿で、ほとり。またひとつ、ほとり、と。

 朽ち、落ちた、その命。

 弥一殿、が、心を預け慕っていた"弥一"は、
 今、もう、何処にもいない。
 某には、どのような者だったかも知り得ぬが。
 きっと情の深い、良き者だったのだろうと。

 ぱたり

 ぽとり

 もう開き切って暫し、の花であるのか、椿は次々首を落とす。枝にある花と同じ姿のまま、潔いほどあっさりと。零れ落ちて紅色を地に墜とす。

「いらっしゃーい…っ」

 店先でぼうと立っている姿を見咎められ、急かすように店番の娘が言った。はた、と気付き、このようなところにいては商売の邪魔であったろう、すまぬ、と会釈を一つし、立ち去るつもりが。

 思わず目を見開いた。つい、と立っているその娘の身の向こう、隠れるように、その後ろ。白髪の混じった老女が、前掛けの前を広げて屈んで、丁寧にひとつ、ひとつ。

 椿を。
 その赤い花を。
 もう打ち捨てられるのみと思えた。
 咲いたままの姿の花首を。

 拾い。

 そうして、小振りの、水を張った盥に放ち。竹の花挿しをその横に添えるように置き。

「何、まだきれいだからね。まだ咲いてるから、こうして」

 視線に気付いたものか、こちらを向きもせずに独り言のように、老女は言った。深く笑う顔は、その後もこちらへ向けられぬ。

 そう…。
 きれいで、ござるな。
 まだ、そこにある。
 そこで、咲いている。

 仮に、朽ちて見る影もなく、とうとう捨てられてしまうとしても、この花の紅色は、きっとこの先も、暫し忘れ得ぬ。そのように、某の知り得ぬ"弥一"は、其処にまだ。弥一殿の中に、まだ。

 身を裂くような痛みや、悔やみも、
 消えぬ、消せぬ罪さえも、
 彼の人の面差しに添えたまま、
 今は、どれほど苦しくても、
 それでも捨てられず、抱え続ける
その"花"は。
 きっと、きっと、いつか。
 きっと今に。きっと。

 はたり、と、また一つ花がおちた。つと進み、屈み手を伸べ拾い上げ、真っ紅な真っ紅その花を、盥の中の水へと放つ。

 

 顔を上げれば、注文取りの娘の目。

「あ…その、団子を」
「はぁい、まいどぉさん!」

 久々に、食べる気がした。












 ん。正直これはどの辺の話なんだろうかと。書いてから思った。ここらへんはお話が怒涛の進展と変貌を遂げている気がする。政、団子喰ってる気持ちの余裕、ないか? というより、こんなに淡々と思い馳せている暇さえ、ないか?

 むむ。でもまぁ、書けてしまったので。

 まだまだ読み込みが足りないな、って分かっただけで良しと致しましょうか。難しいな、さらい屋はっ。かと言って、コミックスの中身をわかりやすく紙に書き出すとか、ぱっと見て分かるように資料用にエクセルに、とか。そんなことはしたくないっ。

 私的に、そういうことをすると、物語りの鮮度が落ちる気がするので。ま、ぼちぼちゆっくり覚えていきながら書くとしますぅ〜。





14/02/15