紅い格子の内と外
あたしはたけ。おにいさん、なんて云うの?
弥一。
言葉少なな俯き顔に、浮かぶ表情は何も無かった。黙っているのも悪くはないが、口淋しさにもう一つ。
若いわねぇ? 岡場所は初めてなの、弥一さん。
名乗ったばかりのその名で呼ぶと、ちり、と小さく肩が震えた。あぁ、わけあり、なのね、あんたも。ならあたしとおんなじ。笑んで、イチさん、と呼び直した。その方がしっくりくる。あんたも嫌がらない。
イチさん。
お出でよ、あったまろう。
いいことなんかそうはないけど、
体が温いのは、
悪いことじゃぁないからさ。
誘うのは、薄っぺらな布団、どこの誰が寝たとも分からぬ床。どこの誰と寝たとも分からない女。あんなあたしでよかったら、一晩一緒に、添っていようよ、肌の隙間を埋めてさ。そこを通る冷たい風を追い出して、あったかく、なろうよ。
岡場所の女はねぇ、化粧でほんとうより少し年がいって見える。たいして違わないのは分かったけれど、幾つも年上の仕草を通した。初めてじゃないみたいでも、慣れ切った所作ではなくて、イチさんの気怠げな愛撫は、不思議とさらさら乾いてた。
あぁ、どうしようねぇ。
あたし、この人とまた会いたい。
そんなもの、
願ってどうなるもんでもないけど、
重ねた肌であんたが温まるんなら、
その相手はあたしだったらいいのにと、
そう思ったんだよ…。
「身請けと云うと。その…おたけ殿と弥一殿は」
ほんの一瞬の、上の空。そのことを話していたんだから、思い出してもおかしかないけど、すっかり今の現を忘れ掛けてた。あたしは目の前の、無粋な男に見えるよに、やんわり笑う。
「そういうのとは違うのよ。小悪党の気まぐれでしょ? おつとめ終えたばかりの」
「おたけ殿、ご存じなので?」
仄めかすと、あっさり話がイチさんの方へゆく。わかりやすいのね。気になってるのはイチさんのこと。あの頃のあたしとおんなじ。知りたいのね。もうあたしより知ってるのに、もっと知りたいのねぇ。でも、そんなのはますます無粋。
あたしは云った。
「イチさんと長く付き合いたいなら、関心を持たない事、持っても聞かない事。そうして欲しいって思ってるのが、素振りで分かるじゃない」
今のままがいいのよ。
自分のことを言うのと重ねて、あたしはイチさんのして欲しいことをなぞる。心の中でも念押すように。
今のままが、いいの。イチさんもよ、政。ここは居心地がいい、って、政も思っているでしょ。みんなそう思ってる。ゆけるところまで、このままをで。
あぁ、どうしようねぇ。
止めても無粋の止まらない男を、
イチさん自身が引き入れちまった。
一人ずつが歯車だけれど、
もしかしたら、政はみんなを巻き込んで、
強い力で"五葉"を先へと…。
どこかへ行くのが怖いだなんて、そんな気持ちがあたしにもまだあったんだね。怖がってばかりじゃ、この浮世じゃ生きてなんかいけないことも、あたしは知ってるけど。
だけどねぇ、政。
もう少し、もう少しだけ、
今のままがいい。
今のままがいいのよ。
終
なんというか、練習?
書いてみました。短いの。
おたけさん、好きです。
13/12/18