参ろう





 無駄な殺生は嫌いだ、なんて、胸が悪くなるような物言いだと、心の底で白い霧の塊が揺らめいた。それが日に日に大きくなったよ。わからねぇか? あんたのせいさ。

 何度も、何度も思ったよ。そんなもんは逃げだろう。人を突き落としておいてさ。這い上がれないようなとこで手ぇ離しといて、足蹴にして、最後にそんな言葉、救ったつもりか、それが。白が大きくなる。俺を飲んじまう。何にも見えなくなる。

 ほら。この方がまだ優しいだろぅて、俺はちいせぇ体を、それを守る体ごと貫く。いくつもいくつも。

 痛いのなんか、一瞬、さ。
 ずうっと、抱えて生きるより、
 ずうっと楽さ、ずうっと…。
 
 白い白い霧ん中、喘いで、足掻くようにここまできて、ようやっと指先に触れた、ようやっと離したくないものに触れた。だけど握り込むのを怖がってるうちに、追い駆けてきた過去。また慣れた刃で散り散りに、しちまえば済んだはずだったのに。

 なんでおめぇが、
 なんで、おめぇが。 

 無駄に人殺めることも、仕方なく人殺めることも、いっぺんだってしたことのねぇ、おめぇが。俺の腕を、とった。霧にに飲まれてた俺の腕を、きっとまだどこかで迷いながら、それでもしっかりと、痛いほど。

 あぁ、そうして、闇から浮かび上がるように、真っ白く血の気の失せた顔が、血の赤を飛ばした顔が、こんなに深い霧の中で俺を見る。澄んだまま、薄く笑んで、言ったんだ。

 参ろう

 と。

 冷たい、冷たい霧が、薄れて晴れてく。
 紅い楓が、ひら、目の前、よぎった。





「おめぇ、よく、俺の姿が見えたなぁ」

 ある夜、小さな神社の祭りから離れた、それでも真黒い宵闇ん中。後ろから追い付かれてそう言ったのを、不思議そうに、高いところかで首傾げて、おめぇ、何にも意味なんか分からねぇだろうに。

「こちらだと、何となく、そう」

 深い深い白い霧ん中にいた俺の手を、ああしてとったおめぇだものな、こんな闇なんざ、造作もねぇんだろう。そんなふうに思って俺は、手を伸ばす。たまにゃあ俺からおめぇの手をとろうとして、けれどまだ少し戸惑う俺の手を、政、おめぇの方から、またとった。

「よかった。あたたかい」
「…寒かねぇからな」
「いや、風が存外」

 風なんざぁなぁ、おめぇのその上背と、けっこう広い肩幅で殆ど遮っちまうだろうが。飄々としていやがる癖に。少し、腹の立つ。

 痩せた手首を気にするように、おめぇが指先で俺の皮膚を撫でる。気にすんな、いいんだよ、この方が温もりが響くんだ。この方が、おめぇにはなんにも隠せねぇから、いいんだよ。

「…そういや、なんつったっけ、あん時」

 わかりゃしねぇだろうと、思いながら小さく言った。振り向かねえで、おめぇは答えた。聞こえたのかどうだかなぁ。偶然かもしれねぇさって、俺はまた捻くれる。そんな性分。

「参ろう、弥一殿」

 すり、指先が俺の手首を、撫でた。安心していいと、言うように。

 乾いたあたたかさで。
 離さない強さで。















 五葉でもまた長い話を書いてみたい。いや、前後編ぐらいから、でもいいので、頑張りたい。っていうかさ、頑張ってる意識もないぐらいの気持ちで書きたいのっ(高望みです)。

 この話、きっと七巻を暗記するほど読んでいるような人じゃないと、なんのこっちゃな話かもしれませんね。うぅ、もっと分かり易い話を書きたいよぉぉぉぉぉぉぉぉ。勿体ないよぉぉぉぉぉぉ。


14/11/30