いつもお世話になっている匿名傾向であるらしい眞住さま。こちらこらお礼に何か、とかが筋かと思うのに、先日蟲ノベルを頂いた♪ が、その頂物「蟲ノベル」が、何故か今「組ノベル」に変身! ありー? 匿名傾向であるらしい眞住さまったら、留守中に忍んできて取替えたのですか?

 おぅ、だがしかーしっ、あの蟲もいいけどこの組もいい! しかもこの土方さんと斉藤、そして沖田までっ。なんて恰好可愛いんだチクショーめっ。まだまだじっくり読み返したい逸品でございます。特にラストがいいー。

 うちのと違って、時代物、という渋さをしっかり纏った、素晴らしき作品です。本当にありがとうございました。見合う壁紙が中々見つからなくて、これにしてみたけどどうだろう〜。作品に少しでも合っているといいのですが。

 匿名傾向であるらしい眞住さま、これからも組やら蟲やらで、どうぞ末永くお付き合い下さいね〜。










薄 藍 闇 零 し





 良くも悪くも、有名な人だな・・・。
 刀を鞘から滑らせながら、斎藤はふと笑った。
 今宵は闇夜ではない。
 天には月があり雲はなく、愛刀はそのかそけきを受け、獰猛に光った。
 不埒な輩(やから)には、斎藤の笑みこそが獰猛であったやも知れぬ。瞬間、浮き足立った気配に、背後へ声を掛ける間を得た。
「ここは俺に任せてもらいましょう」
 応(いら)えはない。ただほんの少し、不満げな気配が相手から洩れてきた。
 だが制止があがらぬことを是(ぜ)と捉え、斎藤は主犯格と思しき、一番刀の使えそうな腰の座った影へ、相正眼の構えを取った。
 不埒な輩は大胆でもあった。
 斎藤の真正面、やはり主犯格らしい中背中肉の影が、抜き身を下げたのとは逆の手をさっと振り上げる。統率だけは取れているらしい数多(あまた)の影が、斎藤を囲むように半円を描く。
 背は土壁に、いや、もっと頼りある人物に預けている斎藤は、余裕を持ってそれを眺め、切っ先にすら動じた様子は見せなかった。
 黒っぽい袴羽織に黒の覆面、明らかに相手方は闇討ちを、しかも新撰組は副長その人と知って狙っていた。
 新月ほどならば、灯りの一つも提げていただろう。だが夜目の利く二人には、半月も明るければ、暗さよりも手を塞がれる煩わしさの方が重大だった。例えそれで厄介事を引き寄せようとも。
 とは言え、真実面倒を待ち望んでいた訳ではない。見回りとも呼べない、ただの夜のそぞろ歩きに、何を用心することがあるだろうか。
「斎藤」
 どこか憂鬱そうな声が、呼び掛けてくる。
「まさか、こんな夜中に死体処理をさせる気じゃないだろうな? ・・・殺すな」
 斎藤は反意を、肩を竦めることで示した。だがすぐさま刀を峰に返す。本当に逆らう気はなかった。ただ、後顧の憂いを考えれば、殺すまではしないでも、不具にはすべきだと斎藤は思っている。それでも峰に返したのは、勢い余って土方の意に沿わなくなることを避けるためだった。
 相対して分かった。
 相手方八名の実力は、総力と照らし合わせても、斎藤の腕に遥か及ばない。
 剣道場ならば高弟くらいにはなれても、実践と修羅場を経た新撰組の中では、精々飯炊き要員程度の腕だ。稽古ならば、八対一で使ってやらない事もないが。
 斎藤にしてみれば、そんなのを相手にいっそ殺すなと言われる方が、微妙な力加減が難しくすらあった。
 大上段へ、切っ先を移動させる。
 時間を掛ける気はなく、さっさと隙を見せて誘おうと考えた。
 碌に懐を空けもしないうちに、左手の殺気が膨らむ。斎藤は逆に、右手の影へ滑るように近付くと、半端にかざした峰を振り下ろした。
「がっ・・・!」
 充分に振り抜き、相手のあばらを叩き折る。反転し、虚を突かれたらしく上半身の泳いだ左手の影へ、刀を凪いだ。
「ぐぅ・・・っ」
 二の腕を折り、その弾みで飛ばされた刀によって突き崩された一角へ飛び込む。袈裟に、胴に振るわれる斎藤の剣筋を、一人はどうにか弾き返し、もう一人は鳩尾に受け、体を二つ折りにして地に転がった。
 残りは四と、主犯格。
 とはいえ、斎藤の攻撃を弾いた際、あまりの斬撃に手を痺れさせたか、主犯格の影は輪の外へ一歩逃れた。
 あっという間に約半数。
 味方が減ってなのか、それとも斎藤に殺意がないことを認めたか、影達の浮きがちだった腰が落ちる。摺り足で再び輪が作り直されるのを目に、斎藤も土方の前へと戻った。
「多くてあと三人。二人は残せよ」
「あんたも腕を振るいたいとでも?」
「阿呆ぅ、怪我人を連れ帰らせる手は残せ、と言ってるんだ」
 横目で確認すれば、土方は言葉の通り手を出す気はないらしい。腰のモノへ肘を掛け、刀を抜く様子もない。
「・・・了解」
 斎藤が頷けば、背後の気配は更に一歩遠ざかり、傍観の態勢となった。
 さてどうなる事やら・・・。
 斎藤は目の前の半円を見渡す。
 最後の一人まで討ち死にせん。
 相手の気概はそんなふうに満ちている。とはいえ斎藤の殺意は削がれている為、厳密には相手方の誰一人として討ち死にはない。土方だってそれは感じているだろうに、それでも無事な者を残しておけとは、無茶を言う。
 全員を地に転がし、やはり無理だった、というのは容易いが、あえて禍根を残そうとする土方の意図を自分が読めない以上、それはすべきではないだろう。
 さてどうするか・・・。
 斎藤は暫し思案のあと、刃を戻した。次いで殺気を込める。
 相手方に走った動揺を見逃さず、刀に殺意を乗せたそのままに、輪の中へ、主犯格へと走った。

「そこまでだ、斎藤」
 あと一人。
 主犯格の腕の筋を斬り払い、殺到する刃を掻い潜って、一人の膝の皿を叩き割り、そして土方の言うあと一人。
 そこまで迫ったときに、その土方から制止の声を投げられた。
「だああっ!」
 直後、斜め背後から上がる気合声に、もう輪も保てない敵の懐から飛び退りながら、そちらへ視線を走らせれば、土方へ殺到する者がいた。
 土方は、酷く緩慢に見える所作で刀を振りかぶり、切っ先で天を衝くと、一息に地へと落とした。
 呻き声の一つも上げず、静止のあと、その影はどどぉ・・・っと横様に倒れ伏した。
「・・・殺してはいない」
 ピクリとも動かぬ足元の体に目を落とし、土方は淡々と言った。
 確かに、寸前になって土方は刀を峰に返した。だが斎藤はともかく、果たして連中の目でその軌跡が追えたかと言えば、甚だ疑問である。事実、斎藤が主犯格を動けぬようにしたあとよりも、土方によって振るわれた力の行く末の方に、相手方は酷く動揺を示した。
 土方・斎藤以外が固唾を呑む中、斬ったわけではない体の下から流れ出る血は当然なく。それをようやく認めても、一度大きく揺らされた平静は、そう簡単には連中に戻ってこないようだった。
「見逃してやろう」
 そう言って土方は自ら、壁の方へと数歩退いた。
「仲間を連れて去(い)ね。置いていかれれば、連れ帰らねばならん」
 本気で言っているのか。本当にこのまま見逃すと?
 斎藤は薄闇を透かすように目を眇め、土方を見詰めた。
 味方ですら疑うような土方の態度である。敵においては言わずもがなであろう。
 実際、土方が更に後ろに下がっても、疾うに戦意を喪失した態の敵方は、全く身じろぎもしなかった。
「斎藤、お前ももっと下がれ」
 顎先で促され、無言でそれに従う。
 のろのろと、ようやく影達が動き出す。いや、土方と斎藤の動きを警戒したものだろう。敵意なしと見極めると、途端、怪我人を慮る様子もなく走り去った。
「追わなくていい」
 間を置いて走り出そうとした斎藤に、土方が言った。振り返ると、土方が虚空に向けて頷いたところだった。視線を転じれば、見覚えのある背中が闇に没しようとしていた。あれは監察の山崎だ。新撰組において、こういった相手を尾けるような隠密の真似事をするに、斎藤よりは余程腕が立つ。つまり。
「自らを囮にされたか」
 斎藤は気付かなかったが、この夜のそぞろ歩きには、端から山崎が陰より付き従っていたようだ。
 襲撃者の腕の良し悪しはどうでもいい。背後の繋がりの有無を探ることこそが、今宵の目的と土方は考えていたらしい。だから、斎藤にも自分にも、相手を殺すことを否としたのだろう。彼らが無事に、だが無傷ではない状態で、塒(ねぐら)を案内してくれなければならなかった。どうにかなる、と思わせて、更に人数を繰り出すために「本拠地」を教えてもらわねばならなかった。
 そういう事に違いない。
「狙われていたのは俺だ。これ以上最適な人選はあるまい」
「・・・もう少し、ご自分の立場というものを分かって頂きたいものだな」
 大袈裟に溜め息を吐いてみせれば、不満げに睨まれた。
「俺が、あの程度の連中に殺られるとでも言うか」
「・・・油断大敵、弘法も筆の誤り、と申せば」
 斎藤は土方の態度に腹を据えかねていた。
 相手が他愛ない腕ではあったが、命を付け狙われていたことに変わりはない。それを些事としてしか捉えていないことも、山崎にだけ打ち明けていたらしいことも、気に入らない。
「昨晩までは総司、今夜はお前。何を心配する事がある?」
 そう、その沖田から相談されて、斎藤は今夜、土方の傍に従ったのだ。

 見張られている目を感じるんです。
 鹿爪らしい顔をしてそう言ったあと、斎藤の不審げな表情にあの若い一番隊隊長は破顔した。
 勿論、私じゃあないですよ。土方さんの息抜きに付き合って、夜の散歩と洒落込んでいる時のことです。
 ・・・お供仕っているお前がどうにかすればいいだろう。
 それを聞いて、不機嫌に声が低くなったのを、斎藤自身、舌打ちしたい気分だった。
 誤解です。私が一方的に護衛を買って出ているだけで。
 それを受けて、沖田は顔の前で大袈裟に手を振って見せた。
 それで? 俺に何をさせようと言うんだ?
 当然、斎藤の機嫌の下降とその意味を悟ったらしい沖田に、これ以上自分の綻びを見せたくなくて、この話の結論を急ぐ。
 今晩、斎藤さんが土方さんと一緒に散歩しませんか。
 何故。
 いやぁ・・・。
 沖田は困ったように眉を下げ、頭を掻いた。
 どうも、私は気配が騒がしいらしくて。こちらから仕掛けようとしても、逃げられてしまうんですよ。
 そう言って笑う顔に、斎藤はなるほど、と頷いた。
 沖田が言うように、事実彼本人の気配が騒がしいわけではない。気配を殺す術も勿論取得している。ただ、沖田も世に顔を知られ過ぎていた。そしてその名と同様に腕も。斎藤が沖田より落ちる、という訳ではない。彼の陽の気質・隊の中での若さに比例しない、一番隊隊長という実力が、沖田を目立たせていたのである。
 窺う視線に対し、己の存在を秘する。
 そういう事態に、沖田はあまり適していなかった。
 だけど斎藤さんならその辺り、上手にやれると思うんです。

「大体お前、そのつもりで同行したんじゃないのか。どうせ、総司から聞いたんだろう」
 月光に刃を翳し、土方は目を眇める。かなり相手を強打した愛刀だが、まさか血脂も刃毀(こぼ)れもないだろうに、それはまるで労(ねぎら)うような視線だった。
「・・・今宵の散歩のことは聞きましたがね」
「嘘付け」
 即斎藤の言葉を否定し、土方は一瞥のあと、また刀身に目を戻した。
「背後もあれほどに離れ、月影を拾って歩くのがお前の『散歩』か?」
「・・・ならばこの後は、あんたの思う『散歩』らしいことをしますが」
 言いつつ、その回答にまた不満そうになった土方へ歩み寄る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 だが、斎藤は途中で足を止める。
 間合いに入った途端、つ・・・と走り寄った土方によって斎藤は、真っ直ぐと胸へ、切っ先を突き付けられていた。
「・・・お前こそ、油断が過ぎるんじゃないのか、斎藤。俺はまだ刀を納めてないぜ?」
「・・・それは、同様に俺もですが?」
 斎藤もまた、抜き身を下げたままだ。
「そうだな。だからこそ先手を取った」
 にやり・・・と笑う土方は、強ち悪ふざけとも思えぬ目の色で、斎藤を見詰めた。
 斎藤は土方の目から、突き付けられた切っ先に視線を落とした。
 二歩も進まないうちに、寝かせられた刃は斎藤の肋骨の隙間を突き、内臓に達するだろう。それほどに胸に近く、切っ先は不動で揺れはない。
「お前に、刀を構える暇はやらない」
 どこか楽しげな声に、斎藤は再び土方へ視線を上げる。
「どうする、斎藤。この状態からお前が反撃できるほど、俺の腕は甘いか?」
「・・・随分な誤解があるようだな」
 口の端を吊り上げた斎藤に、土方は笑みを消した。
「誤解?」
「あんたの腕が俺より上か下か。そんなことは俺には関係がない」
「歯牙に掛けるほどでもない、と?」
「違う」
 くくく・・・と斎藤は密やかに喉を鳴らし、一歩、足を踏み出した。
「刃向かう気がない時点で、俺の負けは決定している」
 土方の切っ先が、斎藤の着る布地に吸い込まれる。
「あんたになら、喜んで殺されましょう・・・?」
 更に一歩・・・と斎藤が足を進める前に、土方は舌打ちと共に切っ先を下げた。
「つ・・・っ」
 間違いなく故意に、土方は斎藤を軽く斬り付ける形で刀を引き、胸の辺りの衣服を切り裂いた。
「・・・呆れたやつだ」
 溜息のような声を洩らし、土方は刀に血振りをくれた後、鞘に納めた。斎藤も倣って刀を納める。
「隊のためでもなく、こんなところで命を無駄に落とす気か」
「あんたが望むなら」
「嘘をつけ」
 またもや斎藤の言葉を言下に否定しながら、土方はその胸の傷を作ったばかりの男に歩み寄った。
「お前がそういうタマか。意に沿わなけりゃ、俺だろうが誰だろうが、お前は反論するだろうよ」
「だから、だ。あんたの望みなら、俺の命を差し出すことも俺の意、だと言っている」
 真意を探るような土方の目に、斎藤は微笑を返した。
「今ので、納得して頂けませんでしたかね?」
「・・・俺が分かったのは、お前が存外阿呆ぅだという事だけだな」
「それは酷い」
 くつくつと笑い出した相手に、もう一度呆れたような視線を投げ、土方は斎藤の着物の破れ目を指先で広げた。
「皮一枚、か」
「・・・っ」
 胸の中心から、心の臓の上まで。その浅く短い傷を、土方は指先でなぞった。
「今夜の護衛の褒美に、俺が手当てをしてやろう」
「・・・詫びではなく?」
「何の詫びだ? 傷を負ったのは、お前が好き好んでしたことだろう」
「では」
 退く指を掴み、斎藤はその本体を胸に引き寄せた。
「褒美というなら、手当てではなく、あんたそのものがいい」
 己の血の香(か)を纏った指先に、斎藤は口付ける。急な接触と告げられた低い声音の誘い文句に、ふるり・・・と相手の体が震えた。
「・・・自分の血の匂いに興奮したか」
「俺の? ・・・いや、違うな」
 爪の間の血もすべて舐め取り、それでもまだ放し難く、斎藤はその爪に歯を立てた。
「俺から流れたとしても、この傷からならば、あんたの血だ」
「・・・訂正する。お前はただの阿呆ぅじゃなく、度し難い阿呆ぅだ」
 口悪く言う上司に、斎藤は顔を寄せ囁いた。
「・・・それで? 褒美はもらえるんでしょうか?」
「そうだな・・・」
 ふ・・・と笑う息が、至近にある斎藤の唇に掛かる。
 妖しく底光る目に、視線が逸らせない。
 自分もきっと同じような目をしている、と斎藤は思いながら、続く言葉を待った。
「俺の血のせいで興奮させたのなら、責任は取ろうか・・・」
「では・・・褒美は別にもらえると?」
 そう言った途端、斎藤の唇に土方のものがしっとりと重ねられた。
 すぐさま口内に侵入しようとする斎藤を突き放し、土方は背を向け歩き出した。
「傷を治療してから来い。俺は血の匂いに興奮する性質(たち)じゃないんでな」
 情欲を点すだけ点して素気無(すげな)く遠ざかる背に、斎藤はまあいい・・・と肩を一つ、竦めた。
「・・・了解」
 これ以上、肩透かしを食らうわけではない。翻弄されている悔しさがない事もないが、どうせ敵わない。
 斎藤は今宵のそぞろ歩きの行きと違い、土方の直ぐ斜め背後を歩きながら、もう一度溜め息を吐いた。



 翌早朝。
 道場に行くと、目敏く斎藤を見付けた沖田が近寄ってきた。
「上手くいったみたいですね」
 邪気なく笑う顔を見返し、斎藤は片眉を跳ね上げた。
「何故分かる」
「山崎さんの姿がないので」
 気合声と竹刀を打ち合う音に満ちた、道場内を見渡す。確かに、主立った顔の中に山崎のものはなかった。
「・・・お前は知ってたのか」
「何をですか?」
「副長自ら囮となっていた事だ」
 だとしたら、それを昨日の話の時点で言わなかった沖田にも、沖田だけには話しておいた土方にも、自分は腹を立ててもいいのではないか、と斎藤は思った。
 だが。
「いいえ。単に、土方さんのことだから、そういう手は打っているだろうなぁ、と」
 沖田の返事に、斎藤は愕然とする。
「実際、山崎さんが今日は来ていないようなので、そうなんだろうと思い至っただけですけど」
 当たり前のように土方の行動を読む沖田。知らされなかったからといって、別に気分を害した様子もない。
 あまりに自分が取った反応との違いに、その差を思い知らされる。
 付き合いの長さの違いなのか。それとも、自分より沖田のほうが、土方を深く信用しているということなのか。
 昏(くら)い何かが己の胸の内に灯るのを、斎藤は感じた。
「これで、一応は一安心ですね」
「・・・そうか?」
 安堵で柔らかく響く声に、斎藤は胸元の道着を・・・真新しい傷の上を掴みながら、言った。
「副長はお怒りだったぞ。俺とお前がついてくるのは、俺の腕を信用していないからなのか、とな」
「え!? ちょ、斎藤さん、それは誤解ですよ!」
「俺じゃなく、副長に言え」
 土方さん!
 道場の式台の上に、沖田は叫びながら走り寄っていく。竹刀の音に紛れ、手振り身振りも激しく何か言い募る沖田の声は、斎藤にまでは届かない。土方はそんな沖田の様子をしばらく見守り、それからちらりと斎藤に視線を流してきた。斎藤はそれを無表情に見返す。土方がほんの僅かに苦笑した。それからまるで自然に、宥めるように沖田の頭に伸びる土方の手。
 それが沖田に触れる前に、斎藤は二人から視線を逸らした。

 いつか。
 いつかこの「差」が現れる日が来る。

 そんな確かな予感に、斎藤は胸の浅い傷が、酷く疼いたような錯覚を覚えた。






08/04/08UP




タイトルも付けさせていただき、余計に愛着。
もう今日、添い寝しようかな。あいてて、刀が刺さったー。
匿名け…もういいって? 眞住さまっ、
本当にありがとうございましたーーーーっっっっ。