壊れた時計の、時計未来様からまたも頂いた、素敵な小説で〜す。キリを踏んで強奪したのよ。ふふふ。

 前回のマ王に続いて、なんて素敵な世界なんでしょう。蟲師ですよ。化野先生とギンコさんですよ。

 ああ、二人を包む目映い日差しが見えるようで、読んでいてじんわり…。てな訳で、壁紙にはワタクシの撮った写真を使わせて頂きましたが、少しは雰囲気出てるかなぁ。

 二人離れ離れで生きる、その切なさと、そうやって離れ離れのまま、いつか自分が命を落とし、そうして彼の記憶の中からも、消えてしまうとしたら…。
 そんなふうに怯えるギンコさんが、あまりに愛しくて悲しくて、読み終えた今も、切ない余韻があります。

 ありがとうございました。時計様っ。タイトルは、ワタクシが付けさせて頂きました。読んだ途端にこの言葉が浮かんできました。気に入って貰えればいいんだけど。とにかく、感謝ですーーっ。










お前が遠くあろうとも…





空を見上げ、化野はため息をついた。

「どこにいるんだ、あの馬鹿は…」
 3ヶ月に一度は寄るようにする、それを信じて別れた日から指折り数えて待つようになったのは、何度目の逢瀬の後だったろうか…。

「…浮気しちまうぞ…」

 空に向かってそう呟いてから、化野はもう一度ため息をつくと苦笑する。
 もともとそんな仲ではなかったじゃないか…あいつが、寂しそうに言った一言に絆されてそうなっただけで、情愛などという感情とは程遠いもの、だったはずなのに…。

「たまには文の一つも寄越すもんだ…」

 いない相手に向かって文句を言い、高い空に向かって一言、おーい、と呼んでみた。前回立ち寄ってから2ヶ月あまり。次、彼が顔を出すのはまだひと月も先だろう。

「おぅ」

 誰も応える者などいないと思っていた呼びかけに、間延びしたような声で返事が返って、化野は驚いたように辺りを見回した。

 家に続く坂の下から忘れることの出来ない白い髪の頭が登ってくるのが目に入って、化野は思わず、裸足のまま、縁側から庭先へと降り立っていた。

「ギンコっ?!」
 驚いた様子で自分の顔をまじまじと見る化野にギンコは少し意地悪いような笑みで、軽く手を上げて見せた。

「よぉ、元気だったか?」
「元気だったか、じゃない…。本当に…来るんなら来るで、文くらい寄越すもんだ…」

 会いたいと思っていた、などとは絶対に言わない。そんな言葉で束縛することは、化野自身、望んではいなし、ギンコも望んではいまい。彼は、風のような男、なのだから。

「いや、たまたま近くに来たもんでね。迷惑か?」
「…ああ、迷惑だ…」

 しかめ面をして言った化野はしかし、その直後に表情を和らげて、おかえり、と言った。



 化野が近所を走り回って二人分の酒と肴を用意した頃には、日もだいぶ傾きかけていた。

「ったく、こういうことになるから、連絡寄越せ、って言ってんだ…」
 文句を言いつつ、楽しそうな表情で、縁側に腰を下ろしてガラス越しに遠くの海を見ていたギンコの横に腰を下ろす。

 それからはいつもそうするように、ギンコは旅の間に見た蟲の話をし、化野はそれに黙って耳を傾けながら酒の盃を傾けた。

 そんな中、化野は違和感を覚える。たしかにいつもギンコの話は楽しいが、今回の話は無理矢理に楽しい物だけを選んでいるように感じられたのだ。

 それに、ギンコが足を組む様子で、近くに来たから寄った、のではなく、無理をしてこの場所に『帰って』来たことにも気付いていた。

「……何が、あった?」

 話と話の間、ふと降りた沈黙の狭間に、化野は言葉を漏らす。盃に落としていた視線をまっすぐにギンコに向けると、彼は、ついっ、と視線を逸らした。

「…お前は…俺のこと、覚えていてくれるだろうか…」

 ポツリと呟かれたギンコの一言に化野は怒りを覚えた。
「何を言ってるんだ、お前はっ!」

 その怒りのままに怒鳴ったことを次の瞬間には後悔する。なんの意味もなくそんなことを口にするような男ではないのだから、ギンコは…。

 悲しそうな視線をまっすぐに向けられて、化野はうろたえた。
 化野もギンコも、視線を盃に戻す。沈黙が居たたまれなく感じてきた頃、ようやっとギンコが口を開いた。


「クチナワ、という大きな蟲がいてな…」

 山のヌシの話。一つの里から出ることの叶わなくなった蟲師の話。その弟子。里を持つ彼が羨ましいと思ったのだ、とギンコは言い、旅の空に暮すギンコのことを羨ましい、とその蟲師は言ったのだ、と。そして…。

「…良かったじゃないか…」
 化野の言葉をどう捉えたものか、ギンコは困ったように彼に視線を向ける。

「良かった…?」

「…ああ。少なくとも、お前と、その弟子の少年はその蟲師のことを覚えていたんだろ? そして、弟子の少年はその蟲師が教えたことを里の役に立てようとしてた。その蟲師の存在自体がなくなってしまったわけじゃないんだから、良かった、んじゃないのか、って。俺はそう思うがね…」

 ギンコの視線を受けてまっすぐに見つめ返した化野は、薄く微笑んだ。

「お前は…人智を超えた物と暮らしてるんだ、いつどうなっても仕方がないのかもしれん。まあ、そうはならないことを祈っているがな…。そうだなぁ…正直な話、俺はお前がそんなことになった時、覚えていることが出来る、と断言はできんよ。それでも…覚えている努力はする、ってんじゃ駄目か?」

 持っていた盃を下に置き、ギンコの手の中のそれも取り上げて自分の盃の横に置いた。

「それに…」
 片眼鏡を外すと、はっきりとそれとわかるくらいに妖艶な笑みを浮かべてみせる。

「…俺が、お前を忘れてしまわないように、お前は…その思いを俺の中に刻み付けてくれるんだろう?」
するり、とギンコの前に回りこみ、唇を貪った。

 いつ終わるとも知れない旅を続けるギンコが、ここを故郷のように感じてくれるまで。今日のように、悲しい思いを持って帰ってこれる、唯一の場所とするため。いつまでもいつまでも、自分の許へと帰ってきてくれることを祈って。

 片眼鏡が木の床に、カタリ、と小さな音を立てて落ちた。


                                    END









時計さまのコメント

 えっと…なんか消化不良です…ごめんなさい…リクは「旅の空のギンコさんを思ってる化野先生のところにひょっこり現れるギンコさん」だったはずなのに…現れた後のほうが長いです。

 おまけに、こんな短い話なのに、かなりお待たせしてしまいました…。ついでに、題名をつけて、とかふざけたことまでお願いして…ホント、申し訳ありませんでした、惑い星様っ!m(__)m


06/09/25
.