文 ; 惑い星
絵 : 福頭巾





「ひとり夜の月」



 ギンコは丘の上へ登り、他に視野を遮るものがなくなった場所で、背中の荷を下ろして地面に腰を落ち着けた。半端な長さに茂った草が、片方の膝を抱えて座ったギンコの手首や手の甲に、さらさらと触れる…さらさらと…。

 今夜は十六夜。満月だった姿が、今はほんの少しだけ欠けている。満ち足りていたものがまた、止めるすべなくゆっくりと欠け落ちていくその最初の夜だ。十六夜、とは「ためらい」を意味する言葉だと聞いたことがある。
 あいつの傍にいる時を、仮に満ち足りているのだとすると、そこを過ぎた日から一日一日と、俺は段々と欠けていく、ということだろうか? だとすると、こんなに切なく淋しいのも、俺自身が、欠けてしまうほどの思いをしているからなのか。

 自分ばっかり、辛いと思いやがって、あいつ…。

 本心では、離れることを「躊躇って」声にも顔にも出さずに、別れのあの場で振り向くことも出来ないでいる自分。気付かずいた方が随分楽だったのに、とうとう気付かされちまった。こんなものを、何も言わずに持たせようとした、あいつのけなげさに絆されて。
「見えるか…。なぁ…?」
 ポケットから取り出した片眼鏡を、ギンコは月の方へとかざす。それをゆっくり目の傍へ寄せる。歪むも見難いもお構い無しに、傷ばかりまとったその硝子越しに、ギンコは月を見た。化野と共に見ているつもりになって…。だが、やがてはその視野を、邪魔しにあらわれるものたちがいる。

 あぁ、そういや今夜は月蝕だっけな。
 珍しい現象に、蟲ども、喜んで騒いでいやがる。

 人の気も知らんで、こん畜生が、とギンコは小さく顔を歪めた。月が欠けるのと、独りでいて自分が辛いのと、一緒くたになんぞ考えているから、端からどんどん喰われていく月蝕の月を見るのが、こんなに辛く思えるのだ。
「もうあんなに欠けたぞ。お前も見てるか? なぁ? それとももう寝たか? …化野」
 指で硝子の表面を撫でて、撫でて、ギンコはそれを温めるような仕草。人肌と同じほどになった頃、ひたり、とそれを喉に押し当てて、彼は言った。うっすらと、自嘲するように笑いながら。

「随分と、冷えてきた…」

 己が心の「虚勢」のように、見る間に欠けていく月を、もう見ないように、ギンコはしっかりと目を閉じた。閉じた瞼の裏には、恋しい男の姿が映っている。声にもせずに息遣いだけで、ギンコは言った。


 あぁ、お前を、抱きてぇなぁ…










11/12/25