文 ; 惑い星



『 … 独り寝と独り言 … 』





「来んなよ」

 彼の他には誰もいない、寂れた田舎の通り道。ギンコは小声で言って、睨むような目を空中に据えた。吸っていた蟲煙草はついさっき根元まで吸い終えて捨てたが、そうも次々吸っていては、手持ちがどんどん減ってゆく。
 けして安くは無い蟲煙草なのだし、切らしたままにもしておけぬ品だ。吸い渋るのもやむを得ぬこと。

「…ったく、いい加減に怒るぞ、お前ら」

 怒ったってきく相手でなし、言いながら思わず苦笑し、道の向こうからやってくる里人と目が合って、慌ててギンコは口をつぐんだ。擦れ違ってから溜息を吐く。
 もう、化野の家を出てから峠を二つも越えたというのに、ついてくるのだ、しかも段々と数を増やしながら…。それは、あの日、化野の古い片眼鏡に群がり、ギンコが蟲煙草の煙で散らしたはずの、光る細い筋のようなあの蟲だ。

 今は昼間だからまだいいが、夜ともなれば、この蟲は大抵の人間の目に見えてしまう特異な性質を持っているから、纏いつけてあるけば酷く人目につく。時刻はそろそろ夜で、せっかく人里にいるのだから、今夜は安い宿屋にでも、と思いかけていたのを、ギンコは思いなおさなければならなくなった。

「…このやろう…、俺にも一人で居ろというわけか?」

 つい、益体も無いことを言った。そんなことを狙ってこれを渡したなどと、まさか有り得るわけもなし。

「あー、ったく、来んなよ…いい加減」

 無造作に手を振り回し、蟲を邪険に払いながら、ギンコは山の方へと進路を変える。また野宿だ。幸い気候はまだ緩やかで、凍死するような心配はない、ちょっとばかり寒くて寝にくいという程度のことだろう。

 夕を過ぎて、辺りはもうかなり暗い。灯りがなくても見えるのは便利だが、さては人に隠れて悪事する輩かと、変な目を向けられたりするのも難儀だ。だから、人目のある時は、不必要な手持ち灯篭を下げている。
 どんどん山へと踏み入ってから、勿体ながって灯りを消すと、ギンコは洞窟か何かを探した。中々ないので、今度は上手い具合に、低く枝を広げた木を探す。あそこらへんか、と良さそうなのを眼下に見つけ、ゆるゆると斜面を下ると、ちょうど落ち葉が地面に積もって、そこはお誂え向きの寝床だった。

 さっそく木箱を下ろし、抽斗から布を取り出して、頓着せずに横になる。上着のポケットに入れた片眼鏡のあたりに、やっぱりあの蟲が寄ってきた。

「俺んだぞ」

 ギンコは言葉の通じない相手に、そんなことを言う。むしろ、言葉の通じない相手だからこそ。他に誰もいない山中だからこそ、言葉にしてはっきりと言う。

「俺んだ。この品も…あいつも…」

 蟲はさらに寄ってくる。数が増えたせいか、眩しく思えるほどに集まって、ギンコは忌々しそうに身を起こした。こんなんで寝られるもんかい、と、舌打ちする。

「こうしてやろうか…!」

 ギンコはポケットから片眼鏡を取り出すと、抽斗の奥から引っ張り出した布に包んで、それをその抽斗の中へ突っ込んだ。そうしてぴったりそこを閉じて、脱いだ上着を木箱に被せる。
 片眼鏡を包んだ布は、前にずっと蟲煙草と一緒にしまってあったやつだから、においを嫌がって、蟲ども、きっと簡単には気付くまい。

 どうだ、これで寄れやせんだろう。

 蟲どもは欲しいものがどこへ言ったかと、宙を彷徨って右往左往だ。やがては大半が、諦めたふうに離れていく。

 ふふん、どうだ、これは俺んだ、と言っただろ。むきになったようにそう思い、やや満足してギンコは木箱を守るような格好で身を丸めた。
 そうして彼は、とうとう淡い眠りに落ちていく、その寸前に、何かに気付いたような顔をして、もう一度そっと身を起こす。諦めの悪い数匹の蟲が、残光のような光を引きながら、まだ木箱の傍を漂っていた。


 なんとまぁ、驚いたものだ。
 俺は、お前を、こうしたいのか。

 他の誰にも届かぬとこに、包んで隠して閉じ込めて、ひとりにしといて、そうして、俺のことだけを、ずうっと待っていろと、そんな無体を、言いたいか。
 ほぅら、だから、言わぬことじゃない。住む世界の違う人間に、そんな身も世もなくのめり込んで、辛いに決まっているだろう?って。
 あぁ、馬鹿が。それはお前に言えたことか。それは、俺自身に刺さる言葉だったのだな。


 ギンコはさらに木箱を引き寄せて、片眼鏡をしまった抽斗のあたりを、手のひらでそっと撫でて、どこか苦しそうな顔をして、無理にでも眠るために、目を閉じるのだった。 



終 







「おもいびと」リレー本編の、後日、と言った感じで書いてみましたーv
嫉妬深いギンコって、結構好きなんです。そして、それに気付いて、自分で振り回される姿も…♪




11/12/09